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僕のことなんて好きにならない君が好き

 好きな人に好きだと言われる夢を見た。
 僕は僕のことを好きだと言わない人を好きになる傾向があって、昔からずっと片想いばかりしている。

 思い返せば片想いが実ったことは一度しかない。

 中学2年の時、隣の席の女の子のことが好きだった。
 男勝りな性格だったけど、とにかく笑顔が可愛くて、よく僕の話でけらけらと笑ってくれた。ただそれが何もない自分を受け入れてくれたみたいで嬉しかった。
 僕の成績を生贄にした授業中の手紙のやり取りが功を奏した……のかは分からないが、次の席替えのタイミングが来る最後の日に、いつもの手紙のやり取りの中で僕は彼女に好きだから付き合ってほしいと告げた。
 彼女から「いいよ」とだけ書かれた手紙が返ってきて、僕と彼女は付き合うようになった。

 田舎の校区は広い。
 彼女の家は僕と反対方向にあって、今調べたら6km近くあった。その道を毎日、彼女の家の下の坂まで送ってから帰っていた。
 休みの日は彼女の家の近くにある神社で、何をするでもなくただ他愛もない話をした。13時から17時まで本当にただ2人で話していた。楽しかった。彼女がそれを楽しんでくれていたのかは分からないけど、僕は本当に楽しかった。

 忘れられない出来事がある。
 その神社は山の麓にあって、高い杉の木に囲まれていた。どこからともなく出て来たスズメバチに怯えて逃げ惑っている僕を見て、彼女は笑いながらそのスズメバチを素手で捕まえて潰した。
 すごいものを見た。

 僕はそれを見て、素敵だと思った。
 授業中の教室に虫が入って来てパニックになるクラスの他の女の子たちにはないそれは、彼女だけの魅力に違いなかった。僕は彼女と付き合えて本当に良かったと心から思った。
 そして、彼女がスズメバチを素手で捕まえ潰すことができるという事実を知っているのは僕だけだ、ということがたまらなく嬉しかった。

 その日の夕方、神社の階段で隣に座る彼女とキスをしようと15歳の僕は色々考えて、彼女の唇だけを見ていた。そのせいでその日の記憶は潰されてバラバラになったスズメバチの死体の黒色と黄色と、彼女の綺麗な唇のピンク色だけが色濃く残った。

 結局何も方法は思い浮かばず、夕方の陽を背に受けながら、彼女の家の下の坂まで2人で歩いた。
 ふと、どうしていつも家の前ではなくこの坂の下で「ここまで」と彼女が言うのか気になった僕は、彼女に提案してみることにした。
「次はあの、家で遊んだりとかどうかな?」
「それは嫌かな」
 その数日後、僕は彼女にフラれた。

 結局、彼女から「好きだ」と言われたことは一度もなかった。

 多分、彼女は僕のことをそんなに好きじゃなかったのではないだろうか。
 その時は1ミリも思わなかったけれど、今なら少しそう思う。

 夢の中で、僕は好きな人に「私も実は好きだった」と涙ながらに言われた。「今頃、気づいたよ」そう言って抱きついて来た彼女の温もりを確かに感じたように思ったけれど、目が覚めると僕はただ自分の体温で温められた枕を抱いていただけだった。

 好きな人に「好き」と言われる。
 ただそれだけが信じられないくらい幸せなことだということを、好きな人に「好き」と言われた人に知ってほしい。
 その「好き」は、他の誰かが一番言われたかったことかもしれない。

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