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幼なじみと僕のアイデンティティー

桜満開の今日、ふと思いついて、一枚の写真を手に取る。
小学校1年生のときの僕の写真だ。

僕は女の子と手をつないで走っている。
女の子は、着物を着てクマのぬいぐるみを抱いている。
僕は、黒いハットをかぶって背広を羽織っている。
仮装競争だろう。

記憶がよみがえってくる。

校庭の朝。初秋の空気。
女の子の方が僕よりずっと足が速かったこと。
女の子は、僕を力強く引っ張っていたこと。

女の子は幼なじみのアスカだ。

僕たちは同じ病院で2日ちがいで生まれた。
病院で母親同士が仲良くなり、同じ町内だったので、家族ぐるみのつき合いが始まった。子供二人で遊べるようになってからは、常にアスカは僕が何をするかを決めた。彼女は言葉の覚えがはやく、僕は言い負かされてばかりだったらしい。

小学校時代、僕は仮装競争以外にもたくさんアスカに助けられることになる。
4年生のころ、いじめっ子が、ほとんどほかの子としゃべらない僕をからかい始めたときも、学級委員のアスカが助けてくれたことを思い出す。
優秀な彼女は、家へ来たとき、しばしば宿題を教えてくれた。

中学校からは、アスカは中高一貫の私立校に通った。僕の世話をすることはなくなった。家族のつき合いも途絶えがちになっていく。子供たちが自分の時間を優先するようになったからだ。
アスカはピアノ演奏に、僕はバレーボールにのめり込んでいった。
アスカは、のびのびとした性格を音楽の表現にも生かし、独自の世界を創造した。高校では、全国規模のコンクールに参加するようになっていった。
一方、僕はバレーボールに打ち込む中で、親友と呼べる子を見つけた。二人とも読書が好きで、練習後に読んだ本について語り合ったものだ。そのようにして、僕は普通の男子になっていった。彼とは高校も同じで、バレーボールと読書の縁は続くことになる。

高校卒業後、アスカは地元の音楽大学に入った。
僕は県立大学の文学部国文学科で日本文学を学ぶことになった。

入学後、6月のある日、書店からバス乗り場へ向かおうとしたとき、僕はアスカを見かけた。
アスカはうつむきかげんで、顔色がよくなかった。僕は思わずアスカに近づき、声をかける。

「どうしたの?」

「えっ。タカシ君?」

「うん。久しぶりにアスカちゃんの姿を見たと思ったら、元気なさそうで・・・」

「よくしゃべるようになったね。アスカちゃんって初めて呼んだね。」

「まあ、さすがに大学生だからさ。あのころとはちがうよ。」

「教授の厳しい指導が自分に合わないなあ、って考えていたんだ。本当はやめたいんだけど。こんなに勉強して入ったばかりなのにね。」

「だいぶ深刻そうだね。お父さん、お母さんとは話したの?」

「まだ。」

それから、アスカとよく話をするようになった。知らず、知らず、彼女を励ます役目をするようになっていった。

結局、アスカはその大学にとどまり、4年間学び、ピアノ講師になった。
僕は、源氏物語で卒論を書いて、高校の国語教師になった。

二人とも、仕事上の問題はたくさんあった。
子供相手の仕事なので、問題を共有できることが多かった。
二人の新米教師は、教育の難しさをあれやこれやと語り合った。
小学校時代にあこがれだったアスカと対等に話ができる自分が不思議だったし、とてもしあわせだった。

そのような日々が2年ほど続いた。

小学校の写真を見ながら思い出にひたっていると、あのバレー部の親友から写真が届く。

その一枚は、披露宴で、タキシードを着た僕がウエディングドレスのアスカをリードしている写真だ。

僕がアスカを引っ張ってる。

ついさっきまで見ていた、小学1年生の二人の写真と並べてみる。

知らぬ間に涙が頬を伝っている。

「アスカが買い物から帰って来たら、一緒に2枚の写真を見比べて、二人のことを話してみたい。」と僕は考えている。

「僕たちはどこから来て、今どこにいて、どこに向かおうとするのか。二人のアイデンティティーを確かめてみよう。」と考えている。


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