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「今」だからこそ(1)
水を充たした革袋のような世界の底に小さな穴があいていて、そこから一滴一滴、「時」がしたたり落ちてゆく音を聴く、と三島由紀夫は小説の中に書いている。
革袋は三島の人生か。
革袋は命の入れ物か。
それを離れていくのは彼の寿命なのだろうか。
幸福感に包まれたとき、「時」の滴りはたいへん緩やかである。
一つ一つの滴りは必ず愛に包まれている。
それは地上にぶつかり、明らかな音を響かせる。
しかし、幸せは続かない。
突如、水粒の落下が速くなる。
水粒は繋がって一本の流れのように見える。
夕陽を浴びて、紅に染まり始める。
地面に紅の水たまりをつくり、悲しみを映し出す。
やがて滴りは途絶えて、人生という革袋が残る。
それを囲むのは、漆黒の闇である。
半世紀より前、三島は自決した。
今もきっと、市谷のあの場所で、日本国と、乾ききった自身の革袋を見つめている。
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