冬の薔薇園にて【ショートショート】
バラ園を歩く。
ここはいつでも開放されているわけでなく、バラの時期だけだ。
何気なく外の空気を吸いたくなって来てみたら、開いていた。ラッキーだ。
しかし、僕以外の見物客は他に一人しかいない。
二十代くらいの女性が一人、こんな寒い中、微動だにせずピンクの薔薇を眺めていた。
余程好きなんだろうな。
僕のお目当ての薔薇も咲いていてラッキーだった。何枚も丁寧に丁寧に写真を撮った。
「ヘリオトロープ、お好きなんですか」
にわかに声をかけられて、僕ははっとしてふり返った。さっきピンクの薔薇を眺めていた女性だ。
僕は少し躊躇いながら答えた。突然声をかけられて戸惑ってしまった。
「はい‥、昔育てていたんですが、枯らしてしまって‥」
僕が言うと、なぜか彼女のほうが辛そうな顔をした。
「丹精されていたんでしょうね。とても愛おしそうに眺めてらっしゃいましたものね」
僕はおずおずと言った。
「別れた彼女の好きな花で‥突然に振られてしまって、僕はこの薄紫を見るのがつらくなってしまって、それで枯らしてしまいました」
僕は思い出した悲しみと、見知らぬ人にこんなプライベートなことを話している戸惑いから、俯いた。自分でもなぜこんな話をしたのか分からなかった。
「今はもう彼女のことは吹っ切れました。ただただ枯らしてしまったあの花を悼んで見ていました」
ふと彼女を見上げると、涙を流しながら、けれど少し微笑んでいた。
「私もあの花は初恋の人との思い出で」
彼女は空を見上げた。
「初恋は叶わないって本当ですね」
涙を拭って言った。
「今は他にお付き合いしている人がいますが、どうにもこの時期になるとここへ来てしまって」
ピンクの薔薇を見やる。
「今年は聞いて頂ける方がいて嬉しかったです。お邪魔してごめんなさい」
彼女はお辞儀をして去っていった。心なしかその後ろ姿はどこかスッキリしたように見えた。
僕は、もう一度、ヘリオトロープを育ててみようと思った。