The last travel【ショートショート】
僕は旅に出ることにした。
お金はないが自由はある。養う人もいない。
余命まであと2年。短いようで長い。
途中絶命しないように、それなりに稼ぎながら2年生きなくてはならない。生きなくては?いや、そこでゲームオーバーならそれでいいのだ。
かと言って、別に死ぬまでにどうしても行ってみたいところがあるわけでもない。
適当な思いつきで、僕は沖縄へ行くことにした。
タバコ農園の求人が出ていて魅力的だったが、気付いたら本土にいたときと同じ看護の仕事をしていた。
本土と同じで、高齢者施設にはおじいちゃんおばあちゃんがいた。そして給料は本土より安い。なんでわざわざ沖縄まで来たんだろうと思う。
時折海を眺めに行った。今泳げるシーズンなのだけれど、僕はカナヅチだから。けど、砂浜から見る海は初めて見た色で、きれいだった。
市場には、本土では見たことのないような派手な魚が並び、それを3枚におろしてもらってうちで食べた。
休みの日には、離島へ行ってみた。手のつけられていない原生林にマングローブ。聞いたことのない鳥の声がした。
新しいことずくめ、きれいなものがいっぱいなのに、僕はなんだか浮かない気持ちだった。
彼女は行かないで、と言った。けれど僕は、僕の絶命する姿を彼女に見せたくなかったから。だから笑顔で去った。出発の朝、彼女は寝たふりをしてくれた。優しい彼女。彼女には早く次の人生を見つけてほしい。
僕は沖縄でも3ヶ月に1回くらい病院へ通っていた。沖縄へ来て2年が経った頃、医者から「そろそろ‥」という言葉が出た。
どんぴしゃだ。計算通り。
病院の帰り、僕は砂浜へ寄って海を眺める。
余命がわかってから僕は、誰とも親しくしなかった。死を悼んでほしくなかったからだ。
僕は職場へ退職届を出した。
残らない程度に食べ物飲み物を買い出して、散歩に出られる日は出かけ、調子の悪い日は家で横になった。
起き上がるのにもひと苦労するようになった頃、アパートのチャイムが鳴った。這うようにして出た。
2年前に別れた彼女だった。連絡先は全て変えていたのに。彼女は僕のインスタグラムを見つけてここまでたどり着いたらしい。海があまりにきれいだったからつい載せてしまった。僕は馬鹿だ。
彼女は救急車を呼んだ。
その後僕は彼女と本土へ戻り、彼女は僕の死を看取ってくれた。
数年が過ぎた。僕の死に際、彼女は泣いた。申し訳ないことをしたが、そばにいてくれたことに感謝している。今ようやく彼女には新しい春が芽生えようとしていた。僕は空からいつも彼女の幸せを祈っている。