帰省バス(ショートショート 微ホラー)
仕事帰り、駅のロータリーからバスに乗った。
駅には帰省や旅行の客ばかりだったのに。
まったく、なんで僕だけお盆に出勤してるんだろう。
家へ帰るいつものバスに乗る。
いつも止まる停留所には停まらない。お盆休み中で利用者の層が違うのだろうか。
うとうとしていた。暑かったし、お盆休みもなく働いてなんだか気分が疲れていたのだ。
ぼうっとした頭で窓の外を眺める。
どこだろうここは。
見たこともない草原の中を走っている。
遠くに森が見える。
これは疲れて乗り間違えたのだな。
僕は運転手にこれはどこ行きのバスなのか尋ねるため席を立とうとした。
あいにく二人がけシートには、通路側に座っている人がいたので、どいてもらわないと立てない。
「すみません」
僕は立ち上がりたい旨をジェスチャーで表しながら言った。
しかし相手は無表情で、まるでこちらの存在に気づいてすらいないようだった。
起きては‥いるな‥。失礼ながら目の前に手をかざすが、反応がない。調子でも悪いのだろうか。
心配になり僕はブザーを押して、「この方調子悪いみたいなんですが」と皆に聞こえるように言った。
しかし周りの乗客は無反応、運転手からは「終点までノンストップでまいります」との答えになっていないアナウンスが入る。
最近の人は心がないのか。
見知らぬ人なら苦しんでいようと関係ないのか。
そう思い周りを見渡すと、みんなボーッとした無表情。
これはおかしい。周りの人がおかしいというより、おかしなバスに乗ってしまったことに気づいた。
もう一度ブザーを押し「降ろしてくれ」と言った。
しかし運転手は「終点までノンストップでまいります」と繰り返すだけだった。
やがて空がオレンジ色に染まりはじめた。
そして、唐突に現れた商店街の中を走っていく。
昔ながらの商店街だ。八百屋、魚屋、肉屋、花屋、薬屋‥。みんな活気づいている。あ、駄菓子屋だ。懐かしいなあ。
バスは商店街も素通りして、さっき遠くに見えていた森の中へ入っていった。
道なき道をゆくからものすごく揺れる。横転しそうだ。
「うわ、危ない」
騒いでいるのは僕だけで、他の乗客はちんと座っている。
森は小高い丘になっているようで、登りきったところは妙に拓けた台地になっている。
と思ったら、そこは墓場だった。
バスが止まった。
みな、無言に列をなして降りていく。
そして墓場へ入るとすうっと消えるのだ。
そんな‥僕は‥どうしたら‥
「‥‥ですか?‥大丈夫‥‥」
僕は薄く目を開けた。
‥ここは‥駅前のロータリーだった。
日差しがまぶしく思わず目を背けた。
「気づかれたようですね、よかった」
その人は微笑んだようだ。ぼうっと見ているとその人の輪郭がはっきりしてきた。スーツ姿の男性だった。
「熱中症で倒れられたようで」
僕はようやく覚醒し、飛び起きた。
「すみません、すみませでした」
「いえいえ、これだけ暑いと倒れもしますよね」
男性は汗を拭きながら言った。
「あの」
「はい?」
「僕はどれくらい倒れて‥あ、時間を見ればいいのか」
「今さっき倒れられたばかりですよ」
「‥そうですか‥。あの、お礼と言ってはなんですが。よろしければ何かそこでお茶でも」
その男性は少し驚いたようだったが、微笑んでいった。
「そうですね。あなたもなにか飲まれたほうがいい。行きましょうか」
そう言って、僕たちは駅前のカフェへ入った。
あれは、暑さが見せた白昼夢だったのだろうか。今日は8月‥‥16日か。
まさかな。
あれはお盆にあの世へ帰省する人たちだったのかもしれない、なんて思った。