愚痴っていいんだよ【エッセイ】
知人が会社にやられて参っている。業務委託という形で就労していたのだけど、週に14時間しか寝ていないと言っていた。
残業代が出るとか出ないとか、条件はよく分からないのだけど、いずれにせよ寝る時間もなく泊まり込みで働き続けなくてはならない仕事って…。無理が祟り危うく命に関わるような病にもかかったらしい。
今回話したいのは、ひどい会社もあるもんだ、という話ではない。もちろんその会社はひどいと思うが。
そんな状況の中、知人は明るい投稿を続けていた。今日のご褒美はこれ!とか。あとから話を聞くと、ハーゲンダッツですらご褒美として足りないほどの激務なのだが。
私がそこまで親しくないからそういった話が今まで聞こえて来なかっただけならいいが、今も心配しているのは「心配かけまいとして明るい自分を取り繕っていないか」である。
手前味噌で申し訳ないが、これだけ荒ぶった記事をたくさん書いておきながら、私は愚痴を言えないほうである。私が愚痴というか繰り言を言い出したら末期だと思って欲しい。
この手のタイプはとにかく溜め込む。悪意あることを言う人もいるが、それすら前向きに受け止めて改善していく努力をする。陰口悪口なんて思いつきもしない。嫌だなと思う人がいても、誰にどう訴えていいかすら分からない。それならばと、その人と仲良くなろうとすらする。
結果としてどうなるか。倒れるのである。今の私のように燃え尽きてしまったりする。そうすると立ち直るのに年単位でかかることもある。
愚痴って悪いイメージがあるから、あまり人に言わないようにしている、という方もいると思う。私も同じように考えていた。
けど、言ってもいいんじゃないか、と思うようになった。むしろ言うように努力すべきなんじゃないかと。いざっていう時に愚痴れるように。
心配してくれるったって、どうせ他人事、1番大変なのは自分なのである。自分だって誰かの心配をしたって、その人に成り代わってその荷物を背負うことはできない。それならいっそ、少しだけ持ってもらったらどうだろう。代わりに相手もきっと愚痴るだろうから、そうやって相手のを持ってあげる。
ちなみに愚痴らない人間には、人は愚痴を言いにくいものなのである。だから私はあまり愚痴ってもらえない。
ガス抜きって大事だと思う。
これからは愚痴っていこう!