昨日のお出かけ(大縣神社)
友人と待ち合わせしていたのだけど、迎えに行く途中、「新緑」の文字が浮かんだので、今日は新緑を見に行く日なのかなぁと思った(^^)
若い芽がまだ柔らかく弱々しく、とても健気だ。この子達がどっしりした緑色になると、毎年、たくましくなって(T_T)と思う。
子供がスマホ片手に歩いていったので、ふと思いついた。
春の野辺 スマホ片手の童かな
のどかさが伝わるといいな。日差しはもう初夏だったけどね(^^)
八重桜が満開。
遠くから見るとわぁー華やかだなぁと思うけれど、近くで見ると花弁がボフッとしていて可愛い。
特にどこへ行こうと決めていなくて、ぽやーっと車で流していたら、大縣神社に着いた。
華やか明るい。お参りすると白い装束で舞う人のようなのが見えた。
散りゆく枝垂れ。
今年は春が待ち遠しかったなあ。こんな春は初めてだ。私は冬が好きだから。
春が来るとなにか変わる予感でもあったのだろうか。
そんな春がゆくのは名残惜しい。けれど春が終わらないと夏が来ない。夏がゆかないと秋が来ない。秋が来て、行き、冬が来て。そしてまた春は巡る。
人の生活に変化こそあれ、四季は巡る。必ずまた春はやってくる。これは私の切望に近い。だって、この生活、そもそもこの地球の状態が、来年まで約束されたものではないから。
人は心のどこかでそれを分かっているのではないだろうか。
だからこそ、「儚いものの美しさ」に心奪われ、瞼の裏に刻みつけようとするのではないだろうか。