戸畑城陥落!
「殿! もはや城は敵に囲まれ逃げ場もありませぬ!」
腹心の小太郎が城主の堅剛へ悲痛な面持ちで叫んだ。
「ぬぅう。敵め、我が軍を出し抜き、ここまで追い詰めるとは、天晴れなやつめ」
敵軍二千。堅剛の軍勢は三百にも満たなかった。敵軍は騎兵を主戦力としていたため、山や山林に逃げ込み馬の威力を消しながらも戦ってきたが、背後に伏兵を置かれ次々と拮抗していた兵数は削がれていった。
間者の報告によれば森の背後には怪しい報告はなかった。それも一日ほどで伏兵が存在することになったのは、恐らく馬の機動性を生かした奇をてらった作戦であった。それも森の中で打たれたのだから予想だにしなかったというわけだった。
「黒崎城の応援はまだか!」
「裏切った長瀬玄幽斎の軍勢に足止めされている模様!」
苦虫を噛み砕いたような顔をし、怒りの表情を浮かべる堅剛。もはや大将たる憮然とした姿は崩れ、憎しみに身を乗っ取られんほどであった。
「もはや打つ手はないのか……」
どう考えても絶望的な結末しか浮かんでこない。背後は手薄だが急流だ。助かる見込みは薄い。
「殿……」
「どうした」
「恐れながら、殿の首を差し出せば部下の命は助けてやるとの敵の大将の矢文が届いております」
「何!? わしの首を望んでおると」
「はっ! 殿一人のお命で皆が助かるなら」
「貴様! それでも我が家臣か! 長年録を食みながら、このような言動。その首飛ぶことも覚悟しておるのであろうな!」
「しかしもはや勝負は決しております。ご決断の時かと存じます」
このまま小さな城の主として終わってしまうのか。だが我が望みは天下布武。七徳の武を持って、天下泰平の世を築くまでは死ねぬ。だがこの窮地をどう脱すればよいのか。
敵の軍勢の声は場外に鳴り響いている。その轟く音だけで城内が揺れているようであった。
例え忠なき臣下を持とうと一人だけ逃げるは卑怯。信を失い義に欠く。かと言って、安易に腹を切るのも勇なきこと。謀をなすには、いかにすべきか。
「お主、このわしと共に死ぬ覚悟があるか」
「嫌でございます!」
よくも言ったものだ。何故このような輩を今まで傍に置いていたのか。寝首を掻いて相手に投降する勇気もなかったのだろう。その臆病さを慮るとかわいいやつにも思えてくる。
さて、生き延びるにはどうすればよいのか。負け戦の末の篭城。策があるなら既に出している。背面は急流。周囲は森。正面には細い道が続いていて道らしい道と言えば、それぐらいだ。
待てよ。森。森か。
「城内の声の大きいものをなるべく集めよ!」
「は?」
「大きな声が出せるものじゃ! 早くせんか!」
「は、はい!」
集められたのは三十二名。これほど元気があるものがいたとは。
まずは兵たちに飯をたらふく食わせてから話をした。
「よし、お前たち。今宵城の背面より、この城を脱出せよ。五名は火の焚けるものを持ち敵軍の右側面へ、残りの二十七名は左側面に隠れ、火の手が上がったら二十七名はありったけの声で森を駆け抜け、大声をあげまくるのじゃ!」
「しかしそんなことで敵が動じましょうか」
「どうせお主たちも投降したところで冷遇されるだけじゃ。一か八かの決死行の方が武士として様になろう」
その日の夕方、敵方の陣から炊事と見られる煙が上がったのを見逃さなかった。敵はもう一押しで落ちると油断したのだろう。また季節が雨季間近で植物が水をあまり含んでいなかったことも幸いした。
夜には警戒が薄れ、子の刻に城から兵が出て丑の刻に差し掛かった頃、火の手が上がりだし、時の声が響きだした。勝ち驕っていた敵軍は浮き足立ち、援軍か伏兵かわからぬ状態に備えようと陣形が崩れたところを一気に打って出て、地理をよく知っていた森へと逃げ追撃の手から逃れ、半数以上が生き残ることとなった。
戸畑城は陥落したが、小太郎を含め、堅剛は生き延びることとなったのだ。天下布武への道のりは長いが決して堅剛は諦めることはない。
「ぷっ……くふふふふっ」
堅剛は散歩途中で見つけた誰が造ったか知らない、腰の高さほどもないミニチュアのような城を見ながら妄想をして、笑いを押し殺していた。
「俺って、結構戦国の世でも生きられるかもな」
ただの戦国マニアの堅剛が、現代社会において自らの理想を貫けるかどうかは、どうにも怪しいところがある。
参考写真:GMTfoto @KitaQ
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