待ち合わせ
一分一秒刻んでいくごとに、光が集まって眩しくなっていく。
頭上にかかる若戸大橋を走る車の光も対岸の戸畑地区の光も輝いて美しく見えてくる。
私の胸は大きく高鳴り、あの人を待ち焦がれる。ちりちりと燃える胸の内は溢れそうな想いで一杯になってくる。
「ごめん。約束の時間には遅刻しそうなんだ。急な仕事が入って。一時間以上は遅刻しないようにする。本当にごめん」
彼からのメールを読んでも、がっかりはしない。よく時間を過ごすごとにカップルはマンネリ化するなんて言うけれど、私はどんどん彼のことが好きになっていくし、今時珍しく大胆でお馬鹿で繊細で。冗談も沢山言ってくれて笑いが絶えない。今はお互いに結婚を意識して付き合っている。
今は夜の七時。若松の渡場で待ち合わせしようと約束して街の灯をうっすらとゆらめかせる洞海湾を眺めている。穏やかであたたかな日。そろそろ夏の気配を感じるほど、昼は暑く感じるようになったし、夜も上着を羽織る必要がまったくなくなった。
明日からは気温も三十度を超えてくる日が出てくる。もうすぐ六月にもなる。
彼、いつ来るのかな。待つことは嫌いじゃない。彼と共に過ごした時間を思い返せば、胸が安らいでいくようで楽しくもなってくる。辛いことも、一緒だと辛く感じないところが不思議。なんとかなりそうな気持ちになってくる。
電話がかかってくる。表示は彼。飛びつくように携帯電話を取ると、洞海湾を眺めていて欲しいという。
?
どういうことだろう。
五分ほどすると向こう岸から船がやってくる。定期連絡船だろうか。暗くてよくわからないけれど、それっぽい。
突然船がクリスマスツリーのように輝きだす。船全体が電飾で飾られていて、様々な色の光で船のふちや柵が飾られている。
なんだろう、あの船。あのことを電話で言ってたのかな。
やがて近づいてくると先頭の甲板に誰かが立っているらしいことがわかる。暗いからお客さんの可能性もあったけれど、パッとスポットライトが両サイドから光り、彼が照らされた。
白いタキシードに薔薇の花束。ベタベタの格好。驚くよりも笑いを堪えるのが精一杯だった。周りに誰かいるとか、そういうのはどうでもよかった。
彼のありったけの声。船は遠くても聞こえてくる。全身で、出せる全ての息と力で叫びあげる。
「美香さーん! 結婚してくださいー! 愛していまーす!」
堪えきれずに笑ってしまう。馬鹿だ。本当に馬鹿。普通ならドン引きするレベルだよ。予定ではこれから食事に行くというのに、そのタキシードにはドレスがぴったりだけど、今日の私はちょっとお洒落なワンピース止まりだよ。
大声で笑いながら私は頭上に大きな丸を作ってみた。甲板で薔薇の花束を持ちながら飛び跳ねている彼の姿が見える。
船が橋場に着くと、彼が私の名前を連呼しながら口付けをしてくる。もう、笑って涙が出てるんだか、嬉しくて涙が出てるんだかわからない私。口付けされるごとに涙が出てくる。
「ねえ、もしかして、あれのセッティングで時間かかって遅刻したの?」
「え? ああ、うん。ほら、スタッフが友達一人っていう状態だから、意外に時間かかってさ」
船の方を見ると、まだ点いている甲板のスポットライトに照らされた男の人が右拳をぐっと顔の横で握っている。
いくらかかったか、なんて聞かないでおこう。きっと無理したんだろうなってことぐらいはわかるけど、彼だって博打に出たんだ。嫌われるかもしれない過剰な演出をあえて体当たりでしたんだから。
「ぷっ……あははははははは」
彼に抱きしめられたまま大声で笑い……泣いてしまった。それも笑いながら涙が止まらなくなった。心配した彼の言葉を遮って、私は叫んだ。
「私、この馬鹿と結婚しまーす!」
次々と零れていく涙は洞海湾を飾っていく。彼の涙と一緒に。
参考写真:GMTfoto @KitaQ
http://kitaq-gmtfoto.blogspot.jp/2016/05/blog-post_93.html