恋と秋桜

恋と秋桜

 お父さんから聞かされても圭吾はイマイチわからなかった。

 電子レンジで温められた、いつものウナギを食べさせられたが、お父さんが買ってきたウナギ以外は食べたことがない。

「お父さんな、圭吾が生まれる前から、このウナギ屋さんで買っててな。ここ以外のは買わないって決めてたんだけど、閉店で、もう、買えなくなっちゃったんだ。せっかくおいしいウナギだったのにな。残念だな。食べられなくなっちゃうんだなぁ。最後だから味わえよ」

「うん」

 食べ比べたことがないので残念も何もない。ここ以外にも美味しいウナギはあるだろうと漠然と思っていた。

 小学六年生になった圭吾にとって、最後の小学校生活。ほとんどが一緒の中学に行くが、数人私立に行く友達がいたのはわかっていた。

 圭吾は六年になって初めて恋をした。

 同じクラスにいる子で、沖縄と白人の血が入っているらしいが、色黒で細身でどこかエキゾチックな雰囲気を醸し出している子だった。

 クラス替えが五年生の頃にあり、最初はどうとも思ってなかったのが、六年のなり始めの頃初めて席が隣になりってから何かと少しずつ会話をするようになり、そして両者とも突然距離を置くようになった。

 距離を置くようになったのは、恐らく互いを意識しすぎたからだった。

 圭吾は「たぶん好かれている」と思っていたし、圭吾が好きな人を友達に聞かれた時に答え、周りがうわさするから相手も意識するようになったためだった。

 秋に差し掛かり、コスモスが咲くようになった。

 通学路の途中の街路樹の傍に圭吾の腹ほどまでに伸びきった悠々としたコスモスが風に吹かれて咲いているのに気がついた。

(こんなに風に揺れて、倒れないで咲いている)

 と、細い茎に揺れるコスモスのことを思い浮かべたと同時に彼女のことも思い浮かべた。

 最後かもしれない。中学校に行ったらクラスが一緒だとは限らない。

 圭吾は揺れるコスモスの凜とした姿に心打たれ告白しようと思った。

 だけれど、そこは面と向かって告白する勇気も持てず、一晩考えて書いては捨て書いては捨てた手紙。

「おれ、おまえのことすごいスキだわ」

 と、最終的に書かれた一言の手紙を相手の机の中に入れることになった。

 二日後、彼女が書いた手紙が机の中に入れてあった。

 圭吾のは半分にしてさらに半分にした四角い不恰好な手紙に対して彼女は折り紙のように封筒の形に整えており、見た目の美しさに心打たれた。

 そして彼女直筆の文字を見ると、どこか興奮してくるものがあり、圭吾は勝手に盛り上がってしまった。

――おてがみありがとう。うれしかったよ。今日ほうかご話したいから教室でまってて。

 右ポケットに入れた手紙を授業中ずっと手を入れて指先で触っていた圭吾。

 ついに待ちに待った彼女との時間が来た。

 放課後、夕陽に染まりかけた教室で彼女は言った。

「私、卒業したら沖縄に帰らないといけないんだ」

 壊れた。

 圭吾はもう彼女の告白だけで、それ以上のことを聞ける余裕はなかった。

 自分の中で盛り上がりすぎていただけに衝撃が大きく、その後彼女が何を言っていたのか、まったく耳に届いておらず、上の空で全部返事をしていた。

――私も、好きだよ……

 聞こえた気がしたが圭吾にとって半年もすれば、お互い離れてしまうのに、これ以上のことは意味があるのだろうかとさえ感じていた。

 結局距離が縮まることはなく、それからはよそよそしくなった。

 告白の一週間後、毎日通っている通学路の途中のコスモスが刈られているのがわかった。朝にはあったが帰り道にはもうなかった。

 咲いている途中の花もあったのに、雑草と同じ扱いで草を切りそろえるように全て綺麗になっていた。

 毎年されているはずのことが、今年は何故か心がとても痛んだ。

「あっ……」

 と圭吾は声をあげた。

 お父さんの気持ちがわかったような気がしたからだった。

 見上げると夕陽に染まった雲があいまいに空に溶けていくようで、どこか寂しげだった。

 暗くなっていってしまうのがこの日ほど苦しいと感じたことはなかった。


参考写真:GMTfoto @KitaQ

http://kitaq-gmtfoto.blogspot.jp/2016/05/blog-post_6.html

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光野朝風
あたたかなお気持ちに、いつも痛み入ります。本当にありがとうございます。