老いてもなお咲き誇り
JR小倉駅から十分も歩けば勝山公園がある。
中には慶長七年(千六百二年)に細川忠興が築城した唐造の城がある。この「唐」とは、海外の新しい様式という意味だ。石垣は自然石をそのまま積む「野面積み」の技法である。
しかし天守閣は失火により焼失し現在は鉄筋コンクリートとなっている。
四月にもなると堀の周囲などに植えてある桜が咲き乱れ、花見客で賑わう場所となるのだが、白髪交じりの男二人、丸太に模した堀への転落防止柵を椅子代わりにして座っている。互いにバツイチ。男一人で暮らしている。
堀側に体を向け、柵の切り株の上に、コートの男はロングセラーの発泡酒を置き、ジャンパーで眼鏡の男は新発売の缶チューハイを置いている。
目の前は桜が満開となっており、大きな手を広げたように花が咲き乱れている。
「奈津子に、洋子に、万里子に、皐月だろ……」
酒が入り転落しそうな危なっかしさはあるが、コート男は女の名前を読みながら上機嫌だ。
「なんだいそれ?」
眼鏡男が覗き込むと手帳があり、日付別に女の名前がびっしりと書き込まれている。
「デートだよ。デート。あったかくなってきたし、カラオケに映画に、今度社交ダンスなんてのも挑戦しようかなと思ってるのよ」
「それと、この女の名前と何が関係あるんだい」
「奈津子ちゃんがカラオケサークルの先生だろ。洋子ちゃんは喫茶店の子で、万里子ちゃんが社交ダンスの先生で……」
「おめぇ、カラオケ以外にそんなに幅広く手を出してたのかい」
「いやあ、カラオケ以外はまだまだだけどな、やっぱり若くあるには新しい刺激がないとな。こうやって女の名前で覚えておくとな、手帳を開くたびに刺激になるだろ?」
「そらそうだけど、デートの約束はもうしたのかい」
「一緒に居られるだけでもデートだ。こうして時間を積み重ねていくことによって自然と親密になっていくもんだろう。そうしたらこの中の誰かと二人っきりっていう状況も生まれるわけよ。今はしっかりと土台造りをする。この戦法を野面積みと名付けることにした」
「不器用なんだか、八方美人なんだか……まあ、頑張れよ」
と言い眼鏡男は、老眼で目を細めながら手帳を見るコート男を、思わぬ火事で焼失しなければいいのだが、と心の中で懸念した。
さっと風が吹き乱れ、桜の花びらが数枚散り、手帳の中に一枚はらり。
「お、洋子ちゃんのところに花びらが落ちた! これは洋子ちゃんとの間に花が咲くかもしれないな!」
「その洋子ちゃんってのはいくつなんだい?」
「にじゅうしご……っつってたかな?」
「いくらなんでも年が離れすぎだろ。欲張りすぎはいかん」
「何言ってんだ。いつもお話する度に、面白いですねとケラケラ笑ってくれるような優しい子だぞ」
語気を強め手帳をパタンと閉じた。風圧で手帳から花びらが逃げていったことには気がついていない。
それ以上は何も言えず眼鏡男は缶チューハイをぐぐっとあおる。
「春だな……」
と、手帳を仕舞い込み、しみじみとコート男は発泡酒を飲む。
目の前では家族連れや若者や会社絡みだろう花見客が騒いでいる。
「そろそろ行くか」
コート男が立ち上がり、柵を跨ぐと「そうだな」と眼鏡男も立ち上がって、今日のところは解散となった。
コート男が見えなくなったのを見計らい、眼鏡男はジャンパーの懐から最新の携帯端末を取り出し満開の桜をパシャリ撮影。
メールに写真データを添付し「君と一緒にいたい景色。明日行こうか」と文章を添えた。
もちろん宛先はお気に入りの女性だ。
※ボツ作品なので写真はなしです。