稲藁ロールのある景色
ドライブ中の二人。
札幌から来た佐渡が北九州市の若松区在住の金本に乗せられ西部にまで走らせている。
最近中古で待望のRX-7が手に入ったとかで、大喜びで飛ばしている。
「なっ? いい音だろ? このエンジン音と振動がさぁ、もう最高だよなー」
色々とおいしい食事どころを案内してもらった手前、いくら仲良しとはいえ茶々を入れられない佐渡が、次々と足早に流れていく田舎風景を眺めていると、随分と北海道と似たような秋口の稲藁ロールの牧草地帯が広がっていて「北海道みたいだな」と口走ってからが大変だった。
「そういやさ、お前札幌だったよな。牛とかいるんだろ? 街中に」
「いねぇよ」
いや、確か北大の農業試験場には何頭かいたのを見たことがある。それに熊も市街地に出没して大騒ぎになったことがある。山すら近くないのに生まれて初めて犬のようにキツネが道路を横切っているのを見たことがあった佐渡は黙った。
「お前のところも修羅の国なんだろ。抗争とか心配で大変だな」
「俺のところは関係ねぇよ」
あれは福岡じゃない。仮に福岡県だったとしても、こっちは北九州市だし、関係ない。あの地域だけは別格なんだから話をふるんじゃない。金丸が調子がいいのは当然若松区内であって、博多市やさらにその南になぞ一切行かない。当然話をそらした。
「やっぱさー、このアクセルを踏んだ時の、わかる? これこれ。ボボンって突き上げるような振動と、加速していく時のうなるようなサウンド。なっわかる? 息してるみたいに回転数が変わるだろ。ロータリーサウンドって言うんだよ」
佐渡は車に詳しくないためまったくわからない。
だが、残念だ。と佐渡は思った。
北海道だったら田舎に出れば、まるで用意されたかのような長い直線道路がネズミ捕りのリスク付きだがあるにしろ、ここはくねくねと曲がっていて、少し行っただけで急カーブなどが沢山あるため、せいぜい出せて時速九十キロ近くが限界だった。それも赤信号で一瞬にして終わる。
一発免停の速度違反だが、北海道の直線道路で高速道路並みのスピードを出している車の様子に比べればいい勝負かもしれないと佐渡は思っていた。
金丸のうんちくは止まらないが、佐渡は一度安全も兼ねて田んぼが見える場所で車を止めてくれと頼んだ。
「いい匂いだな。なんか落ち着くよ」
佐渡の言葉に「そうかぁ?」と不満気に吐き捨てる。車のエンジンの調子がよくなってきたところで止められ消化不良の金丸に佐渡は「お前いいところ住んでるな」と言った。嫌味ではなく本心だった。
「なんでだよ。田舎風景に囲まれたって不便なだけだぞ」
「土の匂いがするっていうのは、どこか心が安心するんだよ。アスファルトばかりじゃ、どこに行っても似たような景色で参るぞ。東京とか、俺擦り切れそうになったもん」
「ただの都会っ子の贅沢だろ」
「贅沢か……」
札幌から一時間もドライブすれば地平線まで見えそうな、だだっ広い風景は広がる。米もあればじゃがいもや玉ねぎやとうもろこしの畑もある。だがこれらは全て人の手で作られた景色であって完全な自然のものではない。都会も人が作り出したものだが、田にも人の知恵が詰まっている。佐渡は心の中で思っていた。
「お前、いい車買ったな」
「お? だろ!? そうだろ!? やっぱりお前は価値がわかる男だよ」
車にだって人の知恵が詰まってる。田から流れてくる香ばしい匂いを胸に吸い込みながら佐渡は理解した。
今見えている全ての景色は人の知の塊なのだ、と。
参考写真:GMTfoto @KitaQ
http://kitaq-gmtfoto.blogspot.jp/2014/09/blog-post_44.html