ghost note 第一話
朝目覚めて、私の体は死体から肉体へと変わる
インターネットのニュースでは、日常では考えられないような事件を淡々と文字と写真に変える。
私生活とは無縁で無数の、有色の事実。
通勤電車の中で見たそれは、被害者と同じ性別であるという理由で私の目を引いた。被害者の女子生徒数18名という数字。性犯罪。犯人の顔は整った顔立ちをしたスーツ姿の男性だった。就職活動で有利になるという条件を餌にして女子生徒をホテルに呼び出し、薬で眠らせ裸の撮影を行ったらしい。そして、眠らされた女生徒全員の写真の顔の横には免許証が写っていたという。
私はその事件の悍ましさに鳥肌がたったが、その反面でわずかながらに犯人の心境に興味が湧いた。犯行を重ねるごとにそれは彼にとって欲求を満たす行為ではなくなっていたのだろうか?どこかにゴールがあって、彼は完璧を求めたのだろうか?
通勤電車の中にいる20分は、私に意味のない想像をかき回される。やがて辿り着いた駅の改札口を、私は人並みに流れて歩いていった。
武藤優(むとうゆう) 胸に光るバッチに彫られたその名が私のフルネーム。SoftBankショップに勤め、3年目にしてチーフリーダーの役職を任されている。
営業開始からカウンター越しで外国人の男が怒鳴り声を上げていた。日本語は割と流暢だが、独自のイントネーションがある。対話が困難になることもあるだろう。対応しているのは私。いわゆるクレーム対応だ。
携帯料金の支払いのクレジットカードの名義が違うという内容を聞いている。本来そういった場合、登録を一旦キャンセルし、再登録しなければならない。だが、初動で対応したスタッフが誤案内してしまい、再登録せずにしばらくの間請求が続いたらしい。たまにあるパターンだ。
クレーム対応において心がけることは"なるべく早く終わらせること"。起きてしまったことは戻らない。相手の欲求の根幹を見つけ、こちらの非は認める。専門的知識による説明と、必要以上に弱くは見せない。そして最善の修正を。
今日の午前中の私の業務がそれだった。
「悪いね。嫌な仕事任せて。」
副店長の渡辺が私に労いの言葉をかける。
「いいえ。大丈夫ですよ。」
私は平然と答える。事実、クレーム対応は嫌といえば嫌だがそこまで苦でもない。
「流石だな。助かるよ。」
朗らかで優しい笑みを見せる。この男は。
それから午後の来店予約の打ち合わせを始めた。
機種変更のファミリーが2組に修理の受付が一件。
「終わったら食事でも行かないか?」
話の終わりにさり気なく渡辺は私を誘った。渡辺に誘われるのはこれで三回目だ。一度は退勤時間が同じ時に近くのファミレスで食事し、一度は用事があり断った。
「すいません、今日は母と会う約束があるので。」
私は断った。実際のところ、母会っていたのは昨日で、今日は見たいYouTubeの動画があるだけだ。彼は残念そうに引き下がった。
私に気があるのだろうか?
決して自意識過剰なわけではないのだが、私は直感的にそう思った。事実、私も彼も交際している相手はいない。渡辺は部下から一定の信頼を得られているし、気は聞くし話も面白い時は面白い。
今日だって本当は誘いに乗っても良かった。
帰りの電車の中一人、渡辺と一緒にメニューを選ぶ自分を想像した。帰宅時間には空腹感はある。だがそんな想像を私は一秒で破り捨てた。
-私なんて辞めておけばいいのに。
そう心の中で呟いた。
-人殺しの私なんて。
朝目覚めて、私の体は死体から肉体へ変わる
蛍光灯の光が壊死した体を動き出させる
死臭を消すように入念に歯磨きをするんだ
本当を隠すようにファンデーションを塗り沈めて
化粧で変身して
そして、社会という名の活動場所で、自分の役を全うするんだ
生きてること分かっている間は