日記67 物語の断片
「送電塔」
家の窓から、送電塔がよく見えた。まっすぐな、田んぼの間を走る市道の脇に建ち、秋になると黄金色の稲穂の上に送電線をかけている。風の強い日には送電塔が揺れ、わずかながら軋む音が聞こえていた。
いまも風が強く、黒いビニール被膜をまとった送電線が岩間の波みたいにむちうっている。いくらなんでも振幅が大きすぎる。切れるんじゃないか、それにうるさい。そう思って送電線に手を伸ばし、それを掴むふりをした。
すると指先に丸に何かが挟まった気配がして、何だと思って引き寄せてみるとそれは送電線だった。そのままビニールを掴んで引き寄せるとどんどん手繰り寄せることができて、送電塔も手元に収まった。掌サイズの送電塔を見るのは初めてだった。面白がってあちこちいじくりまわし、先端近くの、送電線と繋がるところに手が触れた。
その瞬間、全身を貫く痛みが走り、身体が言うことを聞かなくなった。何が起こったのかわからぬまま、私は痙攣して送電塔を取り落とした。遅れて私も椅子から床に転げ落ち、びくびく痙攣して立てなかった。窓の外の送電塔は、色をなくしてシルエットのような、廃墟になって佇んでいた。
(2023.10.23)