孑孑日記⑭ ただ1冊だけもっている画集
ひさびさに、好きだったイラストレーターさんのイラストがリツイート(再投稿)されているのを見た。僕の唯一もっている画集(イラスト集)に収められているやつだ。不穏な、田舎の風景に異形が溶け込んでいるイラストを、特に後期はよく書かれていたイラストレーターだ。
もの久保さんである。彼の最後の画集の『ねなしがみ』を、僕は芳林堂書店高田馬場店で買った。画集を買うことはまずないのだけれど、こればかりは欲しくてたまらなくて、発売予定日前後には毎日書店に向い、並んでないかと探したものだ。僕は平穏な空気が、なぜか平穏であるがゆえに不穏に感じられる、そういったものが好きなので、もの久保さんの『ねなしがみ』はまさに好みにがっちり当てはまっていたのである。
自然に田舎を表現していたのも、もの久保さんに惹かれた理由だろう。僕自身は中途半端な郊外の地方都市出身であるが、都会よりも田舎のほうが落ち着く質である。『ねなしがみ』で描かれていたのは奥まった、僕の出身地よりずっと田舎といってもよい場所であったが、都会の、情報や人の流れのスピードとはまったく違う速度で流れる時間が感じられ、独自の空気が渦巻いているようだった。日常メディアに乗って流通する都会の時間や空間とは異なった世界を提示してくれていたもの久保さんの作風は、実はかなり貴重だったと思える。都会が見たがる田舎像ではなくて、もの久保さん独自の田舎像がそこにはあった。実情を捉えていたのか判断する知識と能力を僕はもっていないが、少なくともそう信じられる力を、もの久保さんはもっていたと思う。亡くなられたのがほんとうに惜しい、とつくづく思う。
(2023.8.5)
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