人生はお天気と同じだなぁ


日常生活の中で、とある気づきがあったのでお話してみたいと思います。
それは「人生って、お天気と同じだな」ということです。

朝から強い雨が降っていたので、傘をさしていました。

道を歩いていると、途端に歩きやすくなったというか
後ろから押された感覚があったんです。

そう、追い風。
大きな傘をさしているから追い風を丸ごと受けて、
後ろから誰かに押して歩いてもらっているかのように楽に歩けたんですね。

これが追い風かと思いました。
人生においても、そういう瞬間が皆さんにもあったのではないかと思います。

目標があってそれに向かって歩いていたら、頼んではいないけれども、
一斉にみんなが自分を助けてくれて、
そして歩く速度が速まり目的地に早くたどり着けた。

私は今までの人生で何度かそういう経験をしました。
でも、その追い風に乗って歩けたのはほんの10歩ぐらいで、
赤信号で止まります。

でも追い風は吹き続けていました。

赤信号で私は進めない。

でも追い風が吹いてくれている。
このときもまたこう感じました。

「みんなも自然の力もこんなに応援してくれているのに、
自分は何かしらの障害で進めない」と。

この自分自身の障害は自分にしか見えていないものであって、
追い風となっているみんなには見えていないので、
「こんなに応援しているのに当の本人は進もうとしない。なんでだろう。
でももう少し助けてみよう。やっぱり進まない。
じゃあサポートしなくていいのかな。」、
そうして風は止まります。

赤信号が変わって青になりました。

私は進み始めました。

でもそのときにはもう追い風は止まっていました。
信号を渡った先、今度はビルの隙間風が吹いてきました。

そうするうちに、今度は強い横風が吹いて、
私は横から煽られるように風に吹かれました。

これが横槍かと思いました。

自分は相変わらず目的地に向かって進んでいる。
さっきまでは追い風ですごく歩きやすかったのに、今度は横風に変わった。

若干進みづらくなる。

自分は一生懸命進む、横槍に合う、でも一生懸命進む。

これの繰り返し。

人生にもこういったことはありますよね。
自分は一生懸命頑張っているけれど、
ヤジを飛ばされたり、進みを遅くさせられたりする。

でも横槍なので、本人の努力次第で変わらず進むことはできます。

そして今度は前から風が吹きました。

傘を前に傾けてその風を防ぎましたが、
前からの風が強いので前に進むことは難しい。

自分は一歩ずつ足を前に出すけれど、
前から吹く風は私の足を止めたいかのように強く吹いてくる。

そうか、これが向かい風か。

向かい風が吹くと、自分は進みたいのに進みづらくなる。
場合によっては傘が折れたり、一歩も進めなかったりする強い向かい風。

人生も同じだと思います。

自分は何とか頑張りたい、だから一生懸命もがくのになぜか進めない。

なぜか止められる。

こうやって、風は常にいろいろな方向から吹いてくる。

でも自分が止まってしまったら、ただ止まる。

苦し紛れでも、一歩一歩進めばどうにか進む。
髪の毛を振り乱しながら、洋服がずぶ濡れになりながら、
持っているものが吹き飛ばされようが、
一歩一歩進んでいけば着実に目的地には近づける。

歩みをゆっくりにするのもよし。
立ち止まるのもよし。

全速力で雨の中を走り抜けるのもよし。

この選択も本人次第
なのだと歩きながら考えていました。

あと、こんなことも想像できます。

雨が強いからタクシーに乗ろうと思ったとき、
タクシーがすぐに現れる場合もあれば、
待っても待っても現れない場合もあります。

雨の日はタクシーを使う人が増えるので、
空きのタクシーがないこともありますよね。
やっぱり人生も同じ。

向かい風のときというのは、
手を差し伸べてくれるチャンスや人と巡り合いづらいものです。

でも、そんな中でも、知恵と工夫と目を凝らして、
空車のタクシーに出会うチャンスを手にすることだってできます。

そうしてタクシーを見つけた。

これで快適に目的地まで着けるぞ、そう思ったのもつかの間。

道路が混んでいたり、
いつも通る道が工事中で遠回りをしてくださいと言われたり、
そういう場合もありますよね。

助け舟だと思って飛びついても、かえって時間がかかったり、
逆にトラブルに巻き込まれたりするケースもあります。
でも乗るまでそれはわからない。

乗った後で、自分の足で歩いた方が早かったと思うこともあるでしょう。

でもこれはタクシーのせいでもない、工事のせいでもない、
雨のせいでもないし、誰のせいでもない。

もちろん自分のせいでもない。
とにかくできることはただ1つ。

自分が目的に向かって歩みを止めるか、諦めるか、歩き続けるか、
全ての選択は自分に主導権があって、結果も自分次第。

でも、こうも思いました。

「この雨は一生降り続けるわけじゃない」と。

お天気の日がいずれ絶対にやってくる。

雨の中でもがこうが、事故に遭おうが、何をしようが、
お天気の日は必ずやってくる。

雨降って地固まると言うように、
雨の後には必ず天気が来るじゃないですか。

だから、目の前のことに一生懸命に取り組んでいたら、
絶対に晴れの日が来る。

今日の夕方には晴れるかもしれないし、明日になるかもしれないし、
今回の雨は長くて3〜4日降り続いて、5日後に晴れの日が来るかもしれない。

でもそんなことはわからないじゃないですか。

未来のことは読めない。

でも必ず晴れの未来は来る。

そう思ったら、今つらくても、心地が良い日が来るのだと思えるんです。

もし今、大変なことに見舞われている人や、
すごくつらい目に遭っている人がいても、
それは一生続くわけじゃない。

明日には解決するかもしれないし、
1年後、5年後には解決するかもしれない。

必ずそういう日が来るんです。

そういう気づきを、雨の中で傘を出しながら思ったので、
心の熱が熱いうちにこの話を残しておこうと思いお伝えしました。

なんてことはない私の日常の気づきですが、
これが誰かの心をそっとノックして、
気持ちが軽くなったら嬉しいです。

最後に少し補足です。

どれだけ雨が強くても、身体が元気だったら歩き続けることができます。

でも、身体のどこかに不調があると歩けないですよね。

ましてや、向かい風に見舞われたときなんて、
身体が元気ではなかったら進むことを諦めてしまうかもしれません。

だから、元気で健康な身体を保っていくことが、
どんなシチュエーションにおいても大事であると、
そして整体は大事
であると思います。

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(2022年9月26日配信分)

「緩和ケア」と「産後ケア」。一見対極な存在と見られがちですが、両方を経験しそれらは近い存在であり、両方の重要性を心から訴えたい。これらの在り方捉え方の啓蒙、それらにお役に立てる活動をすることが私の将来の目標です。頂いたサポートはそのために使わせて頂きます!