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おかげさまで日記エッセイ1周年(日記 11/8〜11/10)
11月8日(金)
コロナ禍にnoteのアカウントを作り、ちらほら投稿するもどうのように書き続けていったら良いかしばらくは考えていた。数年経って「毎日日記エッセイを書き、3日分ごとにまとめて投稿する。合間にはテーマを絞ったエッセイも書く」というスタイルに定まってからちょうど1年が経ちました。続けることができたことに驚きと喜びを感じている。
ただ文章が上手くなりたいのと、書いて吐き出すとシンプルに楽しくてスッキリできるというのが、続けることができたいちばんの原因だと思う。書いたものに「スキ」をいただけると嬉しいけれど(くださったみなさん、本当にありがとうございます)、「どうやったら『スキ』をたくさん貰えるだろうか」とか「どうやったらフォロワーが増えるだろうか」などということにはあまり頓着せずにいられたのも良かったと思う。
読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。スキの数やフォロワー数ではなく「アップさえしていれば読んでくださる人がいるかもしれない」と思うことが励みになります。楽しいです。同じようなことばかり書いているし、それどころか前に書いたことを忘れて全く同じ話を書いているかもしれない。十分に有り得る。そんな時はこのアカウントは「五十路女性の不定愁訴つぶやきbot」か何かだと思って読んでいただければ幸いです(笑)。
11月9日(土)
第2子を産むために実家へ帰っている姪が出産し、退院して写真や動画をLINEで送ってきてくれた。
姪は年子を出産したので上の子はお兄ちゃんと言ってもまだ1歳5ヶ月。お兄ちゃんが妹をなでなでしている動画は赤ちゃんが赤ちゃんを可愛がっている姿で、とても愛らしい。年子の子育てはさぞ大変だと思う。場合によっては双子より大変なこともあるとか。一家全員、みんな元気に過ごしてほしい。
送られてきた写真には、5人目のひ孫を抱く私の両親のそれぞれの姿の写真もあった。父も母もとても肌艶がよく新しい命からエネルギーをもらっていることがはっきりと分かった。ありがとう、姪、あなたが里帰り出産してくれたおかげでパワーをみなぎらせている様子だよ。
11月10日(日)
今日は午前も午後もそれぞれ約40分ずつウォーキングした。足と腰、全く痛くないわけではないけれど、いちばん酷かった頃を思うとずいぶん楽になった。痛さで眠れない時もあったから。近頃はロキソニンに頼ることもなくなってきた。などと調子に乗っていると痛い目に遭うので、リハビリを真面目に続けないといけない。
サンドウィッチマンの「病院ラジオ」という番組がNHKで不定期に放送されていて大ファン。欠かさず見ている。サンドのお二人が全国各地の病院へ行って院内でラジオ放送をする(その模様をテレビ番組として見る、という構造)。ゲストとしてお話しなさるのは入院なさっている方やそのご家族。皆さんに共通するのは、淡々とご自分の状況を観察して語り、そこにはユーモアやひと匙の毒っけがありとても飄々としておられること。「淡々と」「飄々と」などと表現したが、その境地に至るまでには壮絶な葛藤があったことは想像に難くなく、何周も巡って現在の生き方になられたのだと思うのです。
で、最新の回が渋谷のリハビリ専門病院からの放送だった。その中で「リハビリは1歩進んで3歩下がることがザラにある」という話があった。私もそれはこの半年足腰のリハビリに通い続けてすごく感じていることだ。良くなったと思ってたのになんでまたこんなに痛いの…と絶望的な気持ちになることもしょっちゅう。ましてやその病院でリハビリを受けていらっしゃるのは私のような軽い話(と言っても私にとっては大問題なのですが)ではなく、脳出血による麻痺からのリハビリなど厳しい話がたくさんあった。良くなったと思ったらまた自分の体に裏切られたような気持ちになってどれほどお辛いことかと思う。でも近視眼的に見れば後退しているように見えても、それは大局で見ると必ず前進しているのだ。亀の歩みだとしても。私もやっとそう思えるようになった。なんでもひとつひとつ、なのだ。
またこのnoteで「痛いわ…」と愚痴ることもあると思う。でもそうやって愚痴ってガス抜きしつつ、大局で見据えてリハビリしていこうと思う。
さあ、スクワットするか。