「スマホが脳の発達を妨げる」子ども233人への3年間追跡調査で見えた衝撃の事実 脳を守るためにできること【スマホはどこまで脳を壊すか】
――榊先生の著書『スマホはどこまで脳を壊すか』が、教育関係者に衝撃を与えています。研究から得られた結果について教えていただけますか。
東北大学加齢医学研究所では2010年から毎年、仙台市教育委員会と共同で仙台市の公立小中学校の児童・生徒約7万人を対象に、学習意欲を科学的に研究する大規模調査を行ってきました。その研究から、スマホをはじめとするタブレットやゲーム機、音楽プレーヤーといったデジタルデバイスを、1時間を超えて長く使っている子どもほど学力が低いという結果が出てきました。
当初はスマホ使用の影響で勉強時間が減る、あるいは睡眠不足で集中力が続かなくなるなど、副次的なことが関係しているのではと予測していました。しかし分析したところ、そのような単純なものではなく、子どもたちの脳の発達にデジタルデバイスが影響を及ぼしていることがわかったのです。
――なぜデジタルデバイスを長時間使うと、脳に悪影響が出るのでしょうか。
多くの機械は、人間を楽にするために発明されたものです。スマホも脳に負荷をかけないという点では、非常に優秀な道具です。しかし脳は筋肉と一緒で、使えば使うほど発達するし、逆に使わなければ衰えていきます。デジタルデバイスを使って脳をなまけさせると、子どもの脳が発達しなくなります。
さらに脳の発達に与える影響を明らかにするために、平均年齢11歳の子ども223人を対象に、インターネットの使用と脳の発達について3年間の追跡調査が行われました。子どもたちにインターネットの使用頻度について「機器を持っていない」から「ほぼ毎日使用する」までの7段階で聞き、さらに子どもたちの脳の写真をMRIで撮影しました。その結果、インターネットをたくさん使っている子どもほど、認知機能を支える前頭前野、記憶や学習に携わる海馬、言葉や感情を処理する領域など、広い範囲で悪影響が見られました(【図1】参照)。
とくに「ほぼ毎日使用する」と回答した子どもたちの脳の発達は、ほとんどゼロに近い数値になっていました。研究者は研究成果が大きければ大きいほど醍醐味を感じるものですが、逆にこの結果を見てぞっとしてしまいました。想像以上に悪影響を及ぼしていたのです。
学習効果だけではありません。コミュニケーションにおいても、対面での会話とオンラインでの会話では、脳の活動が異なることがわかりました。複数人で会話をしていると、脳活動のリズムが会話している人たちの間でそろってくる現象が起こり、この状態を「脳活動が同期している」といいます。
そこで東北大学の学生に協力を依頼し、対面とオンラインで会話してもらいました。その結果、対面では脳活動が同期しているのに対し、オンラインでは同期していなかったのです。指標を見ると、オンラインで会話しているときの脳活動は、何もしていないときとほぼ同じでした。
コロナ禍が明けて学校が再開されましたが、「友だちとどう接したらいいかわからない」「対人関係に不安を感じる」という子どもが増え、日本だけでなく世界的な問題になっています。対面をオンラインに置き換えた、ここ2~3年の影響が少なからずあると感じています。
――榊先生はスマホの影響は大人より子どものほうがより深刻だと、危機感を抱いていらっしゃいます。
「思考の中枢」とも呼べる脳の前頭前野は、小学校の高学年から中学生にかけて一気に成長します。前頭前野は自分をコントロールする機能を支える自己管理に欠かせない脳領域なので、未熟なうちからスマホに頼ってしまうと依存するリスクが高まるのです。
スマホのようなデジタルデバイスは、大人は自分で購入しますから自己責任ともいえます。しかし子どもは、親や学校から渡されなければ手にすることはありません。いわば自分の責任ではないのに、「依存」にさせられてしまうのです。
「GIGAスクール構想」で、学校では子ども1人に1台デバイスが配られています。デジタルデバイスでは効率的に情報を得ることができますが、記憶に残らないので知識を得ることはできません。教材がデジタルデバイスになっても、言葉の意味を調べるのには紙の辞書を使う、また漢字を覚えるときは紙のノートとえんぴつで書くなど、これまでの学習方法と組み合わせていくように、ぜひ工夫してほしいです。
――これから私たちはデジタルデバイスと、どうつきあっていくべきでしょうか。
スマホが便利な道具であるのは間違いないですから、「まったく使うな」と言うつもりはありません。前頭前野を使わない作業や行動は、スマホに置き換えても構わないのではないかと考えます。ただ、デジタルデバイスでなければいけないものは意外と少ないです。
まず、使う目的を仕事か余暇かに分けます。仕事での使用分は削るのが難しいですから、余暇で使っている時間について制限を設けます。たとえば子どもと2時間と決めたのなら、そのなかで何に使うかのプランを立ててみましょう。プランを守るのは存外に難しいのですが、計画を立ててやり通す力を使うため前頭前野のいいトレーニングになります。
最近は新聞や本をスマホやタブレットで読む人が増えていますが、最近の研究では紙で読むほうが理解が深く、記憶にも残ることがわかってきました。私自身は電車の中ではスマホをなるべく使用せず、新書を1冊持参して読むようにしています。デジタルに頼っていたものを少しずつアナログに戻し、頭を使うことで前頭前野を回復させましょう。
また、子どもに「やめなさい」と注意しておきながら、大人がだらだらと使っているようでは子どもにとっても逆効果です。ファミレスで子どもと一緒にいるのに、スマホを使っている親御さんを見かけます。子どもと一緒にいるときには、子どもの目をしっかりと見て話すようにしてください。われわれの調査から、親子で会話をたくさんしているほど、子どもの言葉の発達によい影響があることもわかっています。子どものコミュニケーション能力も鍛えられるのです。
最近では信号待ちでもスマホを取り出す大人を見かけます。ほんの数分も耐えられないようです。とくに子どもが一緒なら、空や周りの草花を眺めて話しかけてあげてください。1~2分の間にスマホで何らかの情報を得るよりも、もっと大事なことがあると思います。
――榊先生は、子どもたちのスマホ使用時間を減らしていく方法として「マイルール」を考えることを提案されています。2022年8月~2023年3月には、宮城県白石市の小学校の協力で実際に児童たちに取り組んでもらったそうですが、スマホの使い方に変化はありましたか。
夏休み明けの全校集会に参加させていただき、スマホの使用が脳にどのような影響を与えるかをお話しました。その後、学級会でスマホやゲームの使い方に関するルールを作ってもらい、それをクラスの代表が集まる代表委員会に持ち寄り、学校単位でのルールを決めてもらいました。それが次の3つのルールです。
大切なのは、大人が口を出さないこと。大人が頭ごなしに「やめなさい」と抑圧すると反動が大きく、隠れたり嘘を言って使ったりする子どもが出てしまいます。子どもが自分たちで決めたルールだと認識させる必要があります。
このマイルールの取り組みを半年間ほど実施したところ、ルールを守れる子どもの割合が増え(【図2】参照)、自分で自分を管理できる「自己管理能力」が高まってきたことが伺えました。また、スマホ・ゲームの依存傾向が高い児童の割合も減少しました。今後は、半年経つとどうしても慣れが出てくるので、それをどう克服するか、また1日に3時間以上使っている子どもは自分だけで管理するのが難しいので、保護者の方に協力を得られるのか、模索しているところです。
――自分たちでスマホの使い方を考えて、それをどう実行するかが、子どもにとっても大人にとっても重要なのですね。
本のテーマはスマホの使い方ですが、もっと根本的な、人間として「生きる力」を育てたいのです。そして大人たちは子どもの将来を、真剣に考えていかなければならないと思います。この本が、そのきっかけになればうれしいです。
(取材・文/柿﨑明子)