「きっかけはお遍路だった」究極の断捨離を実現した男性の多拠点居住【「多拠点居住」にトライした2人の実感②】
江島さんに取材するために訪ねたのは、漁師町の風情が残る逗子市小坪にたたずむ逗子A邸。
「実は僕もここに滞在するのは、今日が初めてなんです」
と笑顔で出迎えてくれた江島さんは、実にフラットでフレンドリー。しかし、実は国内外でも知られたソフトウエアエンジニア。長年アメリカで働き、地位を築いてきた人だ。個人的な事情で数年前に帰国し、実家のある香川県で起業を模索していた直後、Quora社から声がかかり上京。社員は1人だけで仕事はどこにいてもできるため、ADDressサービスの利用を決意した。とはいえ、こうした生活に昔からなじんでいたわけではなく、あるきっかけが江島さんを後押ししたという。
「実は数年前、身近な人の死に遭遇し、かなり落ち込んでいたとき、お寺の住職からお遍路に行くことを勧められたんです。香川県出身ですが、それまでお遍路など興味はなく、半信半疑で行ってみました。不思議なもので、気がついたら一緒になった見ず知らずの人に、自分の身の上話をしていたんです。しかも話してみると、なんだか心が晴れやかになっていく。そのとき、“ああ、人と話をしながら旅をすることって、こんなにも自分の癒やしになるんだ”と気づいたんです」
その後、1年ほどニューヨークに戻ったときも、生まれて初めてルームシェアをして、違う価値観の人と暮らすことの新鮮さを肌で感じた江島さん。帰国後、同じような体験を日本でもしたいと感じ、いきついたのがADDressだった、というわけだ。
数年前に断捨離をして、持ち物は段ボール2個とスーツケース1個にまで削減した。
「僕の場合、究極、パソコンとスマホと財布があれば、たいていのことは用が足りることがわかりました。だから移動のときのパッキングもあっという間です。洋服はファストファッションだけ。シンプルにしておけば、着替えも最小限で済みますからね」
暮らしを小さくし、どこに行っても最低限のものだけで暮らせることは、アドレスホッピングを楽しむひとつのテクニックであることは間違いない。
その日にどんな人が何人、自分と同じ家に滞在するのかは当日までわからないのだが、それもまた、一期一会の楽しさとなる。
「みんなが集まって、顔合わせをして、じゃあ何か食べに行こうか、とか、キッチンがあるから一緒に料理をしようか、など、その場で決まっていきます。そのへんのことは、家守さんが仕切ってくれるので、特に不安はありません。ときに顔見知りがいることもあって、旧交を温めることもあります。まるで疑似家族のようで、居心地がいい。人間って、こうした関係性のなかで育っていくことが本来の姿なんじゃないかなって思うんです。ADDressではそれができる。会員にしろ、家守さんにしろ、こんな新しいサービスに飛びつく人だから、皆さんかなり個性的。話をするのが本当に楽しいし、刺激的です」
江島さんの場合、会員同士の横のつながりもできており、「あの家、良かったよ」と聞けば、そこが次の目的地になる。取材の日は1週間をかけて藤沢、逗子、南伊豆を順々に巡っている途中。ひとつの家に2日ないし3日。どこを訪れても、観光はほとんどせず、次々に出会いを重ね、豊かなときを過ごしていた。
ADDressの家はリノベーションされた古民家が多く、都会暮らしに慣れている人には多少不自由なこともあるが、そこもまた魅力。
「確かに、窓が開けづらい、お湯が出ないなど、家によって多少のトラブルはあります。僕の場合、鍵が開かなくて家に入れなかったということも(笑)。でも、そういうことさえ楽しんじゃうんです。こういうトラブルをストレスに感じてしまう人には難しいかもしれないけど、変化を求めている人にとってはまたとない体験になると思いますよ。家はどんどん増えていますが、最初のころはエリアにばらつきがあってね。ずっと名古屋周辺に拠点がなくて、移動が長くなるので不便だなって思っていたんです。で、『中部エリアに家をつくってほしい』とリクエストを出していたら、本当につくってくれたんです。会員の声をきちんと聞いてくれる体制があるんだと実感できたのがうれしかったし、これからも安心して利用できるなと思いました」
(構成/生活・文化編集部 清永愛)