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架空日記:道化を演じて参りました。
産まれたときから、人の表情をうかがう、臆病な子でした。
僕が子どもらしい間違いをすれば、大人たちは嬉しそうに笑うのです。
それを僕は正しいものだと思いました。
僕が笑っていれば、みんな笑ってくれる。そのためなら、嘘吐きであっても構わないと思っていました。
たとえば、僕がありもしない失敗話をした時。同級生は「オマエはバカだなぁ」と言って笑ってくれました。
たとえば、僕が作家を目指しているなどと、うそぶけば、先生達は「案外おまえにも夢があるんだなぁ」と感心していました。
たとえば、僕がやってもいない洒落たことを話した時。恋人は「あなたってそんな趣味もあるのね」と羨望の眼差しを向けてくれました。
世界は僕の法螺話を中心に、くるくる、くるくる、万華鏡のように様相を変えて回っていました。
周囲の笑顔が凍るような失敗したら、また笑顔が咲くように、僕は滑稽な道化を演じ続けたのです。
けれど世の中、甘くはありませんでした。
僕は、ひとつ、嘘を重ねるたびに、僕という仮面を増やしていきました。無制限に増殖する菌類のように、僕は、分裂し続けました。
他愛のない会話でもそれは訪れました。
本当は嫌いなのに、好きと嘘を吐いたとき。
笑いたくもないのに、笑っていたとき。
笑われて心は傷付いているのに、平気なふりをしたとき。
僕の心は剥がれ落ちながら、その欠片は仮面になっていきました。足元に転がる大量の仮面は、僕の心の断片でした。痛みを伴って、剥がれ落ちたそれらは、無意味なものでした。
僕は、僕というものが分からなくなっていきました。
僕はどうすべきだったのでしょうか。
ただ、大切なひとたちの笑顔が見たかった。
それだけなのに。
僕はもう、心の底から笑う術を忘れてしまった。
ひっとりぼっちの夜に、僕はしずかに狂いつづけていくのです。
歯車が噛み合わなくなった先に、きっと終わりはくるのでしょう。
僕がおおうそつきの、道化であることが糾弾され、白日の下にさらされるのです。
ああ、神よ、懺悔いたします。
この日記が最初で最後の、僕の罪の告白です。