何かが足りないと思うか、何かが必要と思うか。

僕の言いたいことは大抵、アーティストが先に詩にしている。
つまんね。そう思って歌詞ノートをめくる手を止めた。

最低限の衣食住があれば、後のことなんてどうでもよかった。
それを「浅はかだ」なんていう人間もいたけれど、向上心なんて何一つないし、長生きする気だってどこにもない。
ただ本当に、今を生きれたらそれでよかった。
つまんね。

彼は大学に通って、留年もせず四年で卒業して、そうして、気がついたら障害者向けグループホームの職員だった。
なのに、彼のほうがよっぽど不健康にコンサータを流し込んで、からだを痩けさせて、平常運転で眠剤をかっくらっている。
対して僕は、小中と不登校、高校は通信。専門学校も飛んで、あとはフリーター。
元カレの家に居候しながらのうのうと暮らす十代のすみっコぐらし。
数年前から処方箋とはお友達だが、毎日毎日、それに依存して暮らしているような人間ではない。
まったく。
まともな職歴もない。
一年半続けたコンビニバイトと、半年にもならなかったスーパーのレジ打ち。
仮眠室の畳の匂い、休憩室の珈琲の匂い、喫煙所のアイコスの匂い。
僕らのことをよく知らない人間は「薬物中毒者」と一括りにした。
違う。その実は、真反対なだけの薬物中毒者か。

僕にとっては、薬も、本も、音楽も、恋愛も、すべてが娯楽だった。
人生なんて退屈で、くだらなくて、陳腐で、その暇を持て余してやるものだと思っていた。
一日一箱。それが僕の余命だった。

彼の吐く言葉は青かった。洗面所の水と混ざって、さらに人工的な水色になった。
それが弱音だと気づくのに、また二分かかる。
洗っても洗っても落ちないその青さに、わたしの手首の赤を足した。
空が爛れていく。
大麻のレプリカ、数回吸って、横目に、右手いっぱいに30錠余りの幸福のレプリカ。
家の裏にあるドラッグストアの面接に落ちた。
エスエス製薬、そして貴店に、どれだけ救われたかと熱弁したのに。
クソが。

ああ、こうして文字を書いていくうちに、自分自身が文字になって、消えてなくなりそうな気がするから向いてないんだろう。
作品が無限につくれるなんて思わない、言葉が無限に出てくるなんて思わない。
僕の両腕には、クソみたいな焼き跡と、クソみたいな切り傷の数々。
こんな姿で大腕振って歩けるなんて思ってもいないけどね。ふふ。
なんだか楽しいよ、秋の空が。
ガストの近くで香る金木犀。その隣の家の娘さんは高校生で、可愛くて、明日、首を吊るのだ。
「まだ涼しくてよかった」
と、猫が泣いた。

されど十九回目の季節。
執拗に背後を気にして、音に過敏に反応して、隣の部屋の物音で、逃げるように家を出た。
イヤホンをしていても、何か聞こえるような気がする。
またイヤホンを外して、音の方向をじっと凝視してみる。
ただ、風になびく洗濯物だけが揺れていた。
僕の近くで遅くなる足音。やばい。
ヒトなんてどこにもいなかった。
バイト中、僕を見ている。僕は見られている。ミスをするなと、見張られている。サボるんじゃねえぞと、後ろから。
誰もいなかった。
視界の端で何か動く。ただ眠っていないだけだ。二日くらい。

口渇で喉が痛むほどオーバードーズした日、「今日調子いいね、テキパキしてるよ」とバイト先の偉い人に言われた。
「ありがとうございます」と返した後、?ぐらりと、視界と、何かが崩れるのが分かる
17時からの精神科
なんだか、全部、嘘みたいだった
薬の切れ目、手足の震えをまた薬で抑えて、笑いながらカウンセリングルームに通された。
「今日、午前バイトだったんすけど、こんな状態で、オレ、まともみたいっす」と話してから、覚えていない。
気がついたら大宮駅の二番ホームにしゃがんでいた。
水色ライン、京浜で二十分の自宅に帰ろうとして、鍵がない。そこで気づく。
まるきり全部妄想だった。
バイトも学校も彼氏も、今年の六月に死んでいた。

池袋のホテルで三日間寝通した高二の冬を思い出す。
記憶が無い。バイト先から無数の着信。
怖くなって着拒した。
覚えているのは月曜日、仕事終わり、ストゼロを二缶買って公園で飲んでいた。
しがないコンビニ店員のおれに、40代くらいの統合失調症のおばさんが、ずうっと助けを求めている。
「近くの総合病院で、あたし、殺されそうなの。高野っていう変な男に、薬飲まされて」
また来たよ、コイツ、の同僚の視線。
「大変ですね」
ぐるぐるぐる。変なのはお前の頭だよ。大変なのは最低時給の俺だよ。
「助けて!タスケテ!」
……気分が悪い。酒を足した。

結局おれも記憶が無い。気がついたら池袋。よく分からない狭い、安っぽいビジネスホテル。
受付に聞いたら二万弱だというので、急いで金をおろしてきた。
それからしばらく池袋の街を堪能した。
歩いて板橋にも行った。さらに歩いて十条、さらに歩いて赤羽。
何か感じ取るものがあったのだろうか。
おれも多分、頭がおかしい。
ポケットから出したヒルナミン、これ、彼女に渡せば良かったか。
そんなことを思って、制服を返しに行った。

バッグヤードには、細田という変な男が居座っていた。
ここの店のオーナーだと言い張る。
おれのことも知られていた。
監視カメラ。監視カメラ。
今も見られている。
おれがバイトを飛んだから、復讐か?
今も見られている。
助けてくれ。たすけてくれ
たすけて

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