【地雷グリコ】「だるまさんがかぞえた」を正攻法で勝負したらどうなるか?
※本作品は青崎有吾『地雷グリコ』(KADOKAWA)収録の「だるまさんがかぞえた」の一部ネタバレを含みます。ご注意ください。
※秘封倶楽部の蓮子とメリーにやってもらいましたが、別に秘封倶楽部を知っている必要はないです。
<1>
「ねえ蓮子、『だるまさんがかぞえた』をやってみない?」
土曜の午後。夜の倶楽部活動の前、自室で相棒と遊惰な時間を過ごしていた私は、青崎有吾の『地雷グリコ』を手に、相棒へと声を掛けた。
「『だるまさんがかぞえた』って――ああ、メリー、そんな面白かった? 『地雷グリコ』」
「ええ、最高だったわ。評判は聞いてたけど、想像以上」
「で、作中のゲームをやってみたくなったと」
「なるでしょ、付き合ってくれそうな相手がいるんだから」
青崎有吾『地雷グリコ』は、5つのゲームでの熾烈な頭脳戦を描いた特殊ゲームバトル小説だ。「地雷グリコ」「坊主衰弱」「自由律ジャンケン」「だるまさんがかぞえた」「フォールーム・ポーカー」の5話が収録された連作である。私にこの本を貸してくれたのがこの相棒――宇佐見蓮子なので、当然蓮子も既読のはずだ。
「まあ、退屈しのぎにはいいけど、『だるまさんがかぞえた』でいいの?」
「ええ。家の中で2人で手軽に出来そうなの、それぐらいだし。『自由律ジャンケン』は審判が必要だし、『坊主衰弱』は百人一首持ってないから」
「……『だるまさんがかぞえた』って、家の中でやるゲームじゃなくない?」
蓮子が首を傾げる。
『だるまさんがかぞえた』は、その名の通り「だるまさんがころんだ」をアレンジしたゲームだ。
プレイヤーは〈標的〉と〈暗殺者〉に分かれる。基本的な部分は「だるまさんがころんだ」と一緒で、〈標的〉の発する「だ・る・ま・さ・ん・が・か・ぞ・え・た」の掛け声にあわせて〈暗殺者〉は〈標的〉に向かって歩き、〈標的〉が振り向いたときに〈暗殺者〉が動いていればアウト、停止していればセーフとなる。
ただしこのゲームでは、〈暗殺者〉は〈標的〉の「だ・る・ま・さ・ん・が・か・ぞ・え・た」の掛け声1文字につき1歩ずつ進むことができる。そして〈標的〉が発する掛け声は何文字でもよく、掛け声を発する文字数と、〈暗殺者〉が〈標的〉に向かって歩く歩数を、事前に入札する必要がある。
つまり――たとえば〈標的〉が5文字、〈暗殺者〉が4歩、と入札していれば、〈標的〉が「だ・る・ま・さ・ん」の5文字を発して振り返った時点で〈暗殺者〉は既に4歩を動き終えているのでセーフ。逆に〈標的〉が5文字、〈暗殺者〉が6歩の場合は〈標的〉が振り返った時点で〈暗殺者〉はもう1歩動かなければいけないためアウトとなる。同数の場合はセーフとなる。
ゲームはカウントの開始から〈標的〉が振り返るまでを1セットとし、合計5セットで行う。〈暗殺者〉から〈標的〉までの距離は40歩、〈標的〉は5セット内で合計50文字の消費ノルマがそれぞれ課せられる。5セット以内にこれを渡りきれば〈暗殺者〉の勝利、できなければ〈標的〉の勝利である。
「たしかに形式は『だるまさんがころんだ』だけど、このゲームの本質は、要は数字比べでしょう? 互いに消費ノルマ内で数字を出し合い、〈標的〉の出した数字が一度でも〈暗殺者〉の数字を下回れば〈標的〉の勝利。〈暗殺者〉は一度も〈標的〉の数字を上回ることなく40を消費すれば勝利、っていう」
「まあ、確かにね。射守矢は全く別のアプローチで勝ったけど」
作中でこのゲームに挑む『地雷グリコ』の主人公・射守矢真兎は、驚くべき方法で勝利を収めている。その詳細は『地雷グリコ』を読んでいただくとして――。
「あの射守矢の勝ち方は素晴らしいと思うんだけど、だからこそ思ったのよ。じゃあ正攻法で勝負したらどんなゲームになるんだろう、って。純粋な数字比べゲームとして遊ぶなら、お互い数字を書いて見せ合うだけで勝負できるじゃない?」
「なるほど」
納得したように蓮子は頷いた。
「いいわよ、ちょうどいい頭の体操になりそうだわ。ちょっとメリー、作中のルールもっかい確認させて。私も一回読んだきりだから」
「どうぞ」
持っていた『地雷グリコ』を蓮子に手渡す。蓮子は本をぱらぱらと捲り、「だるまさんがかぞえた」のルール解説の部分にざっと目を通し、それから少し考えて「ふむ」と唸った。
「じゃあメリー、どっちが〈標的〉やる?」
「ジャンケンで決めましょう」
「自由律?」
「だからあれは3人いなきゃできないでしょ」
<2>
というわけで――。
「じゃあ、私が〈標的〉、メリーが〈暗殺者〉ね。メモ帳とペンか何か」
「はいはい」
2組のメモ帳とボールペンを用意する。片方を受け取って「じゃあ、お互い背中を向けて数字を書き合いましょ」と蓮子が言い、私に背を向けた。
私も蓮子に背を向け、さて、と考える。私は〈暗殺者〉。一度でも入札した数字が蓮子のそれを上回れば即敗北だ。そしてこのゲームは0の入札が可能になっている。〈標的〉が0文字を入札した瞬間、〈暗殺者〉の生き残る術は同じ0歩を入札する以外にない。
もともと作中でのこのゲームは、「0文字入札」の可能性を見落とした相手を〈標的〉側が瞬殺するハメゲーであることがゲーム開始直後に明かされる。もちろん作中では主人公の射守矢に即座に看破されるわけだが――。
〈標的〉には50文字の消費ノルマがあり、〈暗殺者〉の必要歩数は40歩であるので、お互いに0入札を続けた場合は5セット目開始時点で〈暗殺者〉の勝利となる。〈標的〉の0文字入札の可能性がある以上、〈暗殺者〉にとって最も安全な策は4セット目まで0歩入札を続けること。しかし〈暗殺者〉が4セット目まで0歩入札を続けるならば、〈標的〉は4セット目までに最低11文字を消化してしまえば逆に勝ちが確定する。
となると、〈暗殺者〉が文字数を消費するタイミングに合わせてこちらも歩数を消費する必要が出てくる。いかに0文字入札をかいくぐって歩数を消費するか――。
まあしかし、初手は様子見でいいだろう。私はメモ帳のページに「0」と書き込んだ。とりあえずは、これで安全のはずだ。
「メリー、書いた?」
「書いたわ。蓮子も?」
「OK。じゃあ、せーの、で出し合いましょ」
「ん、せーの」
私と蓮子は、同時に互いのメモ帳を提示し合う。そして――。
次の瞬間、蓮子のメモ帳に記された数字に、私は叫び出しそうになった。
「はい、私の勝ち」
ニヤリと笑った蓮子のメモ帳には、でかでかとその数字が記されていた。
――50。
<3>
「……なるほど、50文字入札ね……」
どうしてこの可能性を見落としたのかと頭を抱えたくなる。0文字入札が可能であるのと同時に、このゲームでは入札数に上限もない。だとすれば、〈標的〉は最終セット以外の任意の1セットで50文字を消費しきってしまえば、残りのセットは自動的に0文字入札となり、〈暗殺者〉に歩数が残っている時点で勝利が確定する。0文字入札以上の一撃必殺だ。
もちろん、この50文字入札にもリスクがある。同時に40歩入札を決められれば負けだ。しかし逆に言えば、それ以外で負けることはない。チマチマと歩数の読み合いなどする必要がない。たった一度の50文字入札さえ通ればいい。相手に「40歩入札」という発想がなければ負けることは絶対にない。
待てよ。
ということは、この「だるまさんがかぞえた」というゲームは……。
「メリー、解った?」
蓮子が楽しげに笑いながら言う。――この相棒、さっきルールを読み直しながら、即座にこれに気付いたのか。我が相棒の頭の回転の速さは知っていたつもりだが、こうして見せ付けられると脱帽するしかない。室内だけど。
「……仮に、これが『だるまさんがかぞえた』の本質だとするなら」
私は嘆息して、蓮子が言いたいであろうことを口にする。
「つまりこれって、『Eカード』なのね」
Eカード。
言わずと知れたギャンブル漫画の金字塔、福本伸行『賭博黙示録カイジ』に登場するカードゲームである。
使用されるのは〈皇帝〉〈平民〉〈奴隷〉の3種類のカード。プレイヤーは〈皇帝〉側と〈奴隷〉側に分かれ、それぞれ〈皇帝〉1枚と〈平民〉4枚、〈奴隷〉1枚と〈平民〉4枚を手札として持ち、場に1枚ずつ出し合う。
〈皇帝〉は〈平民〉に勝ち、〈平民〉は〈奴隷〉に勝ち、〈奴隷〉は〈皇帝〉に勝つ。〈平民〉同士は引き分け。つまり〈奴隷〉側は、相手が〈皇帝〉を切るタイミングでこちらも〈奴隷〉を切るのが唯一の勝ち筋である。いつ〈皇帝〉を切るのか、そのタイミングを読み合うというシンプルな心理戦だ。
「だるまさんがかぞえた」も、蓮子の提示した「50文字入札」が最適解であるならば、5セットの間に〈標的〉はいつ50文字=皇帝を切るか、〈暗殺者〉はいかにそのタイミングを見切って40歩=奴隷をぶつけるか、という心理戦ということになる。
……だが、本当にそうか?
頭に引っかかるものがあった。本当にこのゲームは〈皇帝〉と〈奴隷〉が数字に変わっただけのEカードなのか……?
「どうする? メリー、もう一回やる?」
「……そうね、じゃあ今度は私が〈標的〉でいい?」
「どーぞ。じゃ、数字書きましょ」
メモ帳に向き合い、ぐるぐるする思考がまとまらないまま、とりあえず「0」の文字を書き込んだところで――思考がスパークするのを感じた。
違う。このゲームは単なるEカードじゃない。
「メリー、できた?」
「……ええ」
「じゃ、せーの」
私たちは向き直り、互いの数字を見せ合う。
そして私はほっと息を吐き――蓮子は、楽しそうに笑みを深くした。
「さすがメリー。気付くと思ってたわ」
「……なるほど、ここまでがチュートリアルってことね」
つまるところ、私は蓮子に試されていたのだ。まず、必殺の50文字入札に気付いているか。そして、50文字入札の唯一の弱点を埋める方法に気付いているか――。
〈暗殺者〉蓮子の入札は、0歩。
それに対する〈標的〉私の入札は――30文字。
私の勝ちだ。
<4>
「〈標的〉の勝利条件を誤解していたわ。〈標的〉の勝利条件は、〈暗殺者〉より少ない数を入札することだけじゃない。自分の残り文字数を、〈暗殺者〉の残り歩数より少なくすること」
「Exactly(そのとおりでございます)」
蓮子がおどけて頷く。そう、〈標的〉は一度でも〈暗殺者〉の入札数を下回ればいいのだから、消費すべき残り文字数が〈暗殺者〉の残り歩数を下回った時点で残りセット数にかかわらず勝利が確定する。0にする必要はないのだ。
両者の持ち数の差は10。つまり、〈標的〉は〈暗殺者〉より数字を11以上多く消費した時点で勝ちが確定する。たとえば私のやった30文字の入札ならば、同時に〈暗殺者〉が20歩以上30歩以内でない限り勝ちが確定し、かつ一撃必殺の40歩入札を返り討ちにできる。
これがEカードの〈皇帝〉側にはない、「だるまさんがかぞえた」の〈標的〉側のもつ柔軟性だ。だがしかし――。
「……だとすると、やっぱりこれ、〈標的〉が圧倒的に有利よね?」
40歩入札の一撃必殺が封じられた以上、〈暗殺者〉は0文字入札のリスクをかいくぐりながら、〈標的〉との入札数の差を10以内に収め続けなければならないのだ。難易度が高すぎる。
「じゃあ、〈暗殺者〉が勝てるかどうかやってみましょうか。次もメリーが〈標的〉でいいわよ」
けれど蓮子は、ニヤリと笑ってそう言った。
――それとも、何かあるのか? 〈暗殺者〉の勝ち筋が……。
「どうする、メリー? せっかくだから何か賭ける?」
3ゲーム目。蓮子に背中を向け、メモ帳を手に、私は唸る。
蓮子は明らかに自信ありげだった。となると、まだ私の気付いていない〈暗殺者〉の勝ち筋があるのかもしれない。……だが。
射守矢のようなルールハックが不可能な、純粋な数字比べとなったこのゲームで、そんな抜け道はあるのか? それともあるいは、蓮子ならば私がどんな数を入札するか完璧に見抜けるとでもいうのか?
いや、あの自信ありげな表情と、私に賭けを持ちかけたこと自体が、私にこんな疑心暗鬼を芽生えさせるための盤外戦術かもしれない。
……落ち着いて、これまでの検証で解ったことを整理しよう。私の勝利条件は、入札した数字の合計が蓮子のそれを11上回ること。となれば蓮子の0歩入札を封殺する方法はシンプル、11文字入札だ。11文字入札を4セット繰り返すだけで、相手の0歩入札も大量入札も封殺できる。
これが正攻法か? いや――蓮子がこれに思い至っていないとは思えない。11上回ればいいんだから11文字入札、というのはあまりに安直だ。蓮子には読み切られる気しかしない。
ならば、それを逆手に取って0文字入札か? しかし0文字入札は決まれば一撃必殺だが、かわされればその分自分の首が絞まる。0入札同士が続けば〈暗殺者〉の勝ちなのだ。
……それなら、今自分で否定した50文字入札ならどうだ?
いや、待て待て! おそらくそれこそ蓮子の思うつぼだ! こちらの50文字入札こそが〈暗殺者〉の勝ち筋、40歩入札の決まる道なのだから!
「メリー、だいぶ悩んでるみたいねえ」
背中から楽しそうな蓮子の声。くそっ、圧倒的に有利なはずの〈標的〉の私の方がどうしてこんなに悩まなくてはいけないのだ。
0文字入札と50文字入札はともに自分の首を絞める可能性がある。かといって11文字入札は安直。とすれば――。
……22文字ならどうだ? これなら、蓮子が11歩でも0歩でも40歩でも勝利を確定できる……!
私は大きく息を吸い込んで、その数字をメモ帳に書き込んだ。
「OK? メリー」
「ええ、いいわ」
「じゃあ、せーの」
互いに振り返り、メモ帳を見せ合い――。
私は、膝から崩れ落ちた。
「あはははは、パーフェクト!」
高笑いする蓮子の入札は――33歩。
私の入札は――33文字。
<5>
「11文字入札、0文字入札、50文字入札のそれぞれのリスクを勘案した上で、私がどれに対しての対抗策をとってきても封殺できる22文字入札を思いつき、それを罠だと直感してさらに+11した33文字。メリーが何を考えたか手に取るようにわかるわ」
完璧に手のひらの上で踊らされた。今の私は福本伸行の漫画なら、ぐにゃあっ、となっているところである。
22文字入札が罠だと気付くところまで見抜かれていた。しかも――33歩入札であれば、こっちが40歩入札に賭けた39文字入札だったとしても生き残れる。もうこれだけで完敗と言っていい。
「さあメリー、どうする? 続ける?」
「……ちょっと待って、考えるわ」
ルール上はまだ終わったわけではない。私は残り17文字、蓮子は残り7歩。負けが確定したわけではない以上は続けるべきだろう……。
条件は同じ、私は第4セットまでに最低11文字消費しなくてはならないが――蓮子は残り7歩。既に私は土俵際に追いつめられている。
……いや、ひょっとして、もう詰んでいるのか?
考えてみよう。Eカードと同じく、このゲームは全5セットでも最後のセットは残りの文字数と歩数をぶつけあうだけなので、第4セット終了時点で勝敗が確定する。
つまり、第3セット終了の時点で、状況次第では第4セットで「絶対に出さなくてはならない数字」が出現する。たとえば現状なら、第2セット、第3セットとも私も蓮子も0入札だった場合、第4セットで私は11以上を入札しなければ負けが確定し、蓮子はその時点で7を入札すれば終わりだ。私は、第4セットで絶対に蓮子の残り歩数以上を入札しなければならない状況を回避しなければならない。
仮に蓮子が0歩入札を続けたとして、私は第4セット終了時点で残り文字数を6以下にする、かつ第4セットの最低入札数も6以下にしなければならないので、第3セット終了時点で残り12文字が最低ライン。これならば第4セットを読み合いに持ち込むことができる。ということは、第2セットと第3セットで私は5文字以上を消費しなければならない。
だが、この条件はもちろん蓮子も解っているはずだ。である以上、私は第2セットに0文字入札はできない。第3セットで5文字以上の入札が確定するので、蓮子は5歩を入札すれば残り2歩。残り2歩になった蓮子に対して第4セットで勝利の可能性を残すには、私は残り2文字にするしかないので15文字の入札が必須になり、蓮子は7歩を入札するだけでいい。
1~3文字でも同様に私の必須入札数が7を超えるのでアウト。となると、第2セットの私の選択肢は4文字以上となり……やはり蓮子は第2セットで4文字以上の入札が安全に可能になる……。
あれ、やっぱりこれ詰んでるのでは? 〈暗殺者〉の残り歩数が、〈標的〉の残り文字数との差を下回った時点で〈暗殺者〉の勝ち……?
「メリー、ギブアップする? してもいいのよ?」
唸る私に、蓮子がニヤニヤと笑いながらそう言い放つ。背中を向けているから表情は見えないが、声色からどんな顔をしているかは丸わかりだ。うぐぐ、と悔しさに歯がみして――はっ、と気付く。
――これで本当に詰んでいるのなら、蓮子ははっきりとそう言うのでは? 蓮子が煽ってくるということは、まだ勝ち筋がある……?
私はもう一度、今まで考えたことを反芻する。何か見落としがあるはずだ。何か勝ち筋の見落としが――。
「…………あっ、ああああああっ!」
思わず私は叫んでいた。――そうだ、『地雷グリコ』の中でも言われていたではないか。勝手に思い込んだ方が負けるのだ。
前提を疑わなくてはならない。今までの私の論理の大前提を――。
組み上がっていく。蓮子を出し抜く勝利の一手が。
「決まった? メリー」
「ええ、決まったわ」
私は力強くその数字をメモ帳に書き込み。
「じゃあいくわよ、せーの」
その数字を、蓮子に突きつけた。
蓮子がここまでの私の論理展開を読んでいたとするならば。
蓮子が私を煽ることで示唆していたのは、すなわち私の論理展開が知らずにはまり込んでいた陥穽。
最初の2戦が第1セットであっさり決まったのに対し、この勝負は第1セットでは決着がつかなかった。である以上、第5セットまであるのだから、勝負は第5セットまで続く――という大前提だ。
そう、私は第5セットまでもつれたときに必敗のルートを回避することだけを考えてしまっていた。ゲーム開始時点の、〈標的〉の私が絶対的に有利という意識を捨てられず、自分が負けない方法ばかり考えていた。
だが、既に私は不利になっている。ならば、私の方から勝負をかけるしかない。第5セットより前に勝負をつけるのだ!
――と、そういう風に私が考えるよう、蓮子は誘導しているはず。
つまり、蓮子は私を煽ることで促していたのは、不利になった私が短期決戦に出ること。すなわち――残り17文字全入札。拙速に勝負を決めにきたところを、7歩入札で返り討ち。これが蓮子のシナリオのはずだ。
ならば私は、さらにその裏を掻く!
私がメモ帳に書き込んだ数字は――0。
そう、立ち返るべきはこのゲームの原点。〈暗殺者〉に一歩たりとも進ませない〈標的〉最強の攻撃、0文字入札!
追いつめられたこの状況での0文字入札は自らの首を絞める不合理。だが、だからこそ。不合理だからこそ蓮子の論理を討つ!
さあ、返せるものなら返してみろ、この捨て身の0文字入札を!
私の突きつけた0の文字に対し――メモ帳を伏せたままの蓮子は。
「う~~~~~~~~~~ん」
呻くようにそう唸って――メモ帳をひっくり返した。
「残念賞!」
そこに記された数字は――0。
私はギブアップした。
<6>
「『だるまさんがかぞえた』っていうゲームは、パッと見〈標的〉が圧倒的に有利。だからこそ〈標的〉は勝つよりも、負けないことを優先的に考えてしまう。このゲーム、〈標的〉が勝つ方法ならいくらでもあるけど、負けない方法は限定されるから読みやすいのよ」
「……最後の0文字入札は? なんで読まれたの?」
「それこそ簡単よ。あの状況ではメリーは『負けない』戦術ではどうやっても勝てない。なら勝ちに行くしかない。もうその時点で選択肢は残り17文字全入札か0文字入札の2択だもの。合理的に考えればそれ以外の数を入札する意味はない。そしてメリーは私が最初のゲームで提示した50文字入札を自力で否定した。土壇場で自分が一度合理的に否定した残り文字数全入札に運命を委ねるのは心理的に難しいでしょう。となればメリーの手は一択、0文字入札での私の7歩返り討ちのみ。QEDってとこね」
蓮子の解説に、私は溜息をつくしかない。結局最初から最後まで私は蓮子の手のひらの上だったということか。ここまで完膚なきまでに叩きのめされては、もう何も言えなかった。
「不合理に身を委ねたつもりだったんだけどね……」
「勝利のための不合理は不合理に見せかけただけの合理よ」
仰る通りである。ぐうの音も出ない。
「……で、蓮子。いつまでそうしてる気?」
「んー、今夜一晩は。倶楽部活動に使うはずだった脳細胞をゲームで浪費しちゃったから、今夜はメリーをモフって充電するわ」
「勝手に充電器扱いしないでよ……」
「敗者に文句を言う権利はないわよ。うりうりー」
かくして賭けに負けた私は、蓮子の抱き枕にされているのであった。
最後にひとつ、聞いておきたいことがあった。
「じゃあ、蓮子だったら〈標的〉でどうやって勝つの?」
私の問いに、蓮子は笑って即答した。
「50面ダイスを振るわ」