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「銃口に花束」
序章「フラワーチルドレン」
「捕まえた!」
背中を叩かれた痛みを感じながら、さっきまで
自分を追いかけていた友人の言葉を聞く。
「次は悠介が追いかける番ね」
息も絶え絶えで、呼吸を切らしながら、
「うん」
と返事した。友人が急いで走り出す。
後ろ姿をぼんやり見つめる。
追いかけなきゃ。
息を整えながら、靴の紐を結び直す。
ダッ、と踵を踏み潰した。
二章「義務」
「佐藤は徴兵いつから行く事にした?」
大学の講堂で読書をしていた所、
突然肩を叩かれる。
「なんだよ、じっと見てくんじゃねえよ」
じっと見つめてきた本人からの言葉に
重ねて驚く。
小学生の頃、友人と鬼ごっこをしていた事を
思い出した。
「まだ決めてないんだ」
記憶を懐かしみながら返事する。
「お前もいい加減、国民としての意識を持ったらどうなんだよ」
友人が哀れんだ目を向けてきた。
二十年ほど前、隣国との度重なる貿易摩擦や
経済対立によって、多数の国民の総意により、
十八歳から二一歳までの健康な男性に、
一年間の徴兵を義務付ける法案が可決された。
十年前から、本格的に運用されている。
「招集予定日変更届の提出再来月だろ」
「うん。ありがと」
友人はそう忠告した後、講堂を後にした。
読み途中だった短編小説集に目を移す。
大学近くの古本屋に置かれていたそれは、
表紙に花束が燃えている写真が使われ、
思わず目を引いた。古惚けたその本をリュックに詰め込んで席を立つ。
帰ろう、と思った。
アパートの呼鈴を鳴らす。
ガチャ、と鍵が外れる音が聞こえ、扉が開くと、彼女が笑顔で立っている。
片手には何故か薔薇を持っていた。
「駅近の花屋で見つけたの。綺麗でしょ」
花瓶買い忘れちゃったけど、とはにかむ彼女を
見る。
右手に持った兵役志願書を握り締める。
「今日、面白い本を見つけたんだよ」
そう言って、バッグから一冊の本を取り出した。
彼女が興味深そうに古本を見つめる。
「紙の本?今どき珍しいね」
そう言いながら、薔薇を手放さずに
ずっと持ったままの彼女がただ愛おしくて、
思わず微笑んだ。