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「夜霧の中」

新宿駅近くの喫茶店で友人と話し別れた後、
時計を見て終電を乗り過ごした事に気づく。

距離を調べると自宅まで徒歩で二時間弱で
着くとの事だったので、散歩ついでに
歩いて帰る事にした。

歌舞伎町に所在する東宝ビル近く、
通称「トー横」を歩く。
先週から行われた一斉補導の影響だろうか。
ニュースで観るような少年少女は見かけず、
海外の観光客達が物珍しそうに街を散策していた。

帰路に着いてる途中、突然三十代前半の、
百九十センチはありそうな男性にいきなり腕を
掴まれる。

「ねぇ、どこの店で働いてるの」

あまりの驚きに声が出ない。
男をよく見ると腰まであるような長髪で、
服装も女性のそれらしかった。

思わず感心していると、
再び強く腕を引っ張られる。

「ねえ、どこの店で働いてるのか教えてよ」

何か言わなければ。咄嗟に口が動く。

「暇だから来ただけなんです」

男はそれでも信じなかったようで、

「いいよ、そんな冗談。
あんた何処となく私の元彼に似てるね」

ここに居てはまずい、と思い腕を振り切って
早歩きする。

あ、という声が聞こえたが振り返らず、
前だけ向いて小走りで歩く。

十分程歩いた時、曲がり角に小さい
駐車場がある事に気付いた。

薄暗い所だと訝しんでいると、隅の方で、
恐らく未成年同士であろうか、二人の男女が地べたに座りながら互いの肌を重ね合わせていた。

再び踵に力を入れる。

路地裏で煙草を吸っている黒服の男が、
側溝沿いに群がる鼠にポテトチップスを
撒き散らして、小さく笑っていた。

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