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電子音楽ミニコラムその6"A last look before the door closes forever" by Astrophysics
今回紹介するのは私が今もっとも注目しているブラジル出身の音楽家Astrophysicsの新作The Unending Need for Perpetual Motion(永久運動の果てしない要求)の一曲目だ。このアルバムのジャケットには天使があしらわれている。近年Breakcore界隈では日本の天使界隈やY2Kの影響(?)でこのようなグラフィックが使用されがち(だと個人的に思っているの)だが、Astrophysicsのそれはもっと直接的に「生と死」を掲示している。直接の理由は長年の躁鬱症からの自傷行為で脳死状態になった彼の父を延命装置を外して臓器提供のドナーとした昨年の経験。そして、東京を含む世界各地でのライブの記憶であろうことは容易に推測できます(ちなみにこのライブは僕は都合で見に行くことが出来なかった)。世界各地の風景の中からそこに遍在する人々の生死と身近な生死の出来事をAstrophysicsはDark glitchwaveと自らが呼ぶ音楽へと結晶化させたのだ。
今作は音楽的にも前作"Hope left me"からの進化が如実に感じられる。バンド形態でのライブを重ねた結果か、この曲ではAstrophysicsの十八番であるSynthwaveスタイルのドラムに生ドラムが重ねられている。また、そのドラムパターンもDepressiveBreakcoreとSynthwaveやシューゲイザーを折衷させた今までのスタイルに加え、NEU!やCANなどクラウトロック勢の所謂「ハンマービート」と呼ばれる機械的な八つ打ち生ドラムを適用させている。これにより彼は70年代のクラウトロックから80年代のテクノポップ~ニューウェーブさらにはその後継であるポストロック~シューゲイザー、そして現代のインターネット上の音楽としてのSynthwaveやRussian postpunk、Breakcoreなどまさにポピュラー電子音楽の歴史の一系譜を総括するようなサウンドを編み出すことに成功している。
("ハンマービート"の代表曲、NEU!のHallogallo)
また、今までAstrophysicsの作品といえば相棒のMINNT嬢のオートチューンのかかったボーカルが特徴的であったが今回のアルバムはAstrophysics本人のボーカルが多い点も注目すべき点だ。これはやはり本人の口からでなければ伝えられないことがあったのであろうと考えられる。このアルバムが今までにもまして商業的なものではなく、私小説的な意味合いが強いことを示しているとも言える。今までの黒を貴重としたゴス感の強いアートワークからは考えられないほど爽やかな日本の風景をフィーチャーしたMVも印象的だ。
WE ARE ALL BORN WITH THE ABILITY TO FLY TO SOAR HIGH IN THE SKY AND SEE WHAT NOBODY CAN SEE
HOWEVER, THE WORLD ITSELF IS A COMPLEX CAGE BUILT BY OUR VERY OWN ANCESTORS
MAINTAINED BY WICKED IMORAL VILLAINS TO LAST FOR ALL ETERNITY
SUSTAINING ITSELF WITH OUR VITAL ENERGY
AND OUR WILL TO FLY"
「私たちは皆天高く飛ぶ力と他の誰にも見えないものを見る力を持って生まれている。しかしこの世はあまりも複雑な鳥籠、私たち自身の祖先によって作られ、永遠に機能するように邪悪でふしだらな悪党どもが管理している鳥籠である。私たちの生きるエネルギーと飛ぶ意思によってそれは持続している」
彼は決して、手放しに「まだ希望はある。俺たちを押さえつけてる奴らなんかやっつけろ!」とは言わない。それどころか「私たちの生きるエネルギーと飛ぶ意思によってそれは持続している」とまで言ってしまうのだ。そこには悪党vs正義の味方のような単純な構図は存在せず、世の中に縛られることを拒みながらもその拒否すらも世界を動かす歯車として機能させてしまうこの世界への、ひとつの諦めにも似た達観がある。そうはいいつつも彼のサウンドはその達観(あるいは諦念?)の先へと向かう力を明らかに持っていると私は感じる、あるいは感じたいのかもしれない。
目まぐるしく流れる東京やロンドンの景色に一人のブラジル人の青年は何を見たのか。混沌とした世界に生きながら、絶望の末にドアが閉ざされるその前に見えた景色。その景色にわずかに夢想した希望を、天に向かって彼が必死に叫ぼうとしていると私は信じたい。