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「明日の行方と青いMINI」愛車遍歴(四輪編)その5
都市生活者にとって不必要なもの。それは自家用車だろう。移動するという目的においては電車とバスを使えば公共交通機関で十分こと足りる。逆に自分の車で出掛るとなると、駐車スペースの確保がままならず困ることも多い。それから地方とは桁違いな毎月の駐車場代を支払うのだって大変である。最近はガソリンも高騰しているし。このようなデメリットを考慮すれば、都市においては車を所有せず、身軽に暮らすというのもひとつの理想と言えるだろう。しかし、それでも僕は東京に暮らしながら車を所有している。なぜなら、答えは単純、それは車が好きだからだ。
上京してしばらくの間は車を持てなかった。引越しや新生活の準備に金がかかったし、収入は契約した事務所から支給されるそれほど多くない専属料のみ。都内で駐車場を借りる余裕なんて1ミリもない。日頃の足はもっぱら中古のスクーターで、引越しの荷物と一緒に浜松からトラックで運んできたエンジ色のVespa125ET3だった。電車で移動することもあったがあまり馴染めず、中でも終電間際の井の頭線は最悪だった。当時久我山に住んでいた僕は、帰宅のために渋谷や下北沢から乗車することが多かったのだけれど、他人に押し潰されそうになりながら、身動きひとつとれず目的地までひたすら我慢しなければならないのは苦行としか言えなかった。
はてさて、95年に「明日の行方」でメジャーデビューしてからはプロモーションのために雑誌やラジオ、テレビ等、さまざまなメディアに取り上げてもらえることが多くなる。そんな中、あるテレビ番組のロケをMINI専門店で行うことになった。僕が過去にMINIに乗っていたことを知ったスタッフが、これはネタになるだろうとブッキングしたわけだ。番組は展示中のMINIをバックに僕が車との思い出を語る、たしかそんな内容だったはずだ。ところが、僕はその撮影で使用したMINIに一目惚れしてしまったのである。その車は青いMINIスプライト。キャブレター式エンジンの最終モデルだ。中古だけれどワンオーナー車で、ショップの手によって完璧なMarkIII仕様に仕上げられている。そのカスタム費用だけでもMINIがもう一台買えるくらいということだった。その時の僕には全てが理想的だったけれど、ひとつだけネックだったのは販売価格が新車のMINI以上なこと。ローンを組んでも到底手が届くような金額じゃない。これは諦めるしかないかな、と思った矢先、当時のマネージャーが僕に耳打ちした。
「信ちゃん、来月CDの印税が入るよ!」。
そして、晴れて僕は二台目のMINIのオーナーとなったのである。
つづく...