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「4WDで有頂天」 愛車遍歴(四輪編)その6

初めてもらった印税は予想もしていなかったくらいの大金だった。生まれて初めて目の当たりにした『まとまった金』というやつだ。しかしその金も青いMINIと新しいベスパ、ギターや機材、それから少しだけ広い部屋へと引越すための費用に消えてしまった。お金なんてなくなるのはあっという間だ。他は何に使ったのか憶えてすらいない。とはいえ、ローンを組んだり、どこかから借金をすることなくそれらを手に入れられたのは、それまでの暮らしを考えれば夢のような話だった。自分で言うのもなんだけれど、子供の頃から金銭面ではそれなりに苦労してきたのだ。その時僕は、やっと人生のゼロ地点に立てた気がしていた。

MINIは素晴らしい車だ。根強いファンが多いのにも頷ける。僕もそのうちの一人だ。誰をも魅了する普遍的なデザイン。好みの仕様に仕上げるためのカスタムパーツも豊富に出揃っている。街乗りでのきびきびとした走りは遊園地のゴーカートみたいに楽しく、ドライバーに運転する喜びを与えてくれる。それに意外と故障が少ない。少なくとも僕が乗っている間は大きなトラブルに見舞われることはなかった。一台目のゴルフに比べたら実に優等生だ。しかし利便性を追求するなら新型車の足元にもおよばないだろう。サスペンションはただのゴムの塊で硬く長時間運転には向かない。当然ながらパワステ機能はなく、切り返しをするにはそれなりの腕力が必要になる。エンジンをかける時はチョークを引かなければならない。暖気運転も必要だ。基本的な設計が1960年代から変更されていないのだからそれも仕方ないのだけれど。それから僕のMINIにはエアコンが付いていなかった。青いMINIに乗り始めてから二回目の夏を迎えた時、ついに暑さに耐えきれなくなり、後付けの吊り下げ型クーラーを取り付けたが、そもそもシングルキャブの非力なエンジンでクーラーを稼働させるのには無理があり、夏の炎天下ではまったく効かないのだ。おかげで着替えのTシャツが何枚あっても足りなかった。

車検をきっかけに車の買い替えを考えはじめた時、なんとなく僕の頭の中にあったのは、広大なアメリカ大陸を大きな4WD車で走ってみたいという願望だった。本や映画の影響もあったし、MINIのような超小型車を乗り継いできた反動もあったかもしれない。そこで僕の目を引いたのが当時マイナーモデルチェンジを経たばかりのジープチェロキーだった。しかし資金が足りない。印税で得た収入はすでに底をついてる。まあでも、先日新しいCDをリリースしたばかりだからなんとかなるだろう。ひとまずローンを組んでおいて、次の印税が振り込まれたら一括返済をすればいい。僕はディーラーに足を運び初めての新車契約を結ぶことにした。

車が大きいと気持ちまで大きくなる。運転席の目線が高く、MINIと比べたら文字通り天と地の差だ。まるで自分が偉くなったような気分だった。周りから見たらその頃の僕は有頂天になっていたのかもしれない。いや、きっとそうだったに違いない。プロミュージシャンになる夢が叶い、音楽で認められ、それなりの生活を送れるようになったことで浮かれていたのだと思う。その後、予想していたよりCDが売れず、一括返済をするはずだった車のローンはそっくりそのまま残った。月々の返済とリッター4キロのハイオク代の工面に苦労する日々が続いた。しかしそれも自業自得である。

アメリカ大陸を4WDで走るという願望は2002年に達成した。あの忌々しいアメリカ同時多発テロ事件が起こった翌年だ。現地でレンタカー(シボレーブレイザー)を借りてアリゾナ州とニューメキシコ州の砂漠や高原を回った。グランドキャニオン、モニュメントバレー、タオスプエブロ、ツーソン。その旅を終えて帰国した後、ジープチェロキーも手放すことになった。

つづく...

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