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Vision Pro日記 1「銀座へ空間コンピュータを買いに」

「はたして自分はこれを買うのだろうか」と思っていたが、ついに買ってしまった。
Apple Vision Pro。Appleが送り出した「空間コンピュータ」なるデバイス。2024年のXR業界における風雲児であり、同時に最安値で60万円近くの「超高級コンシューマデバイス」でもある。いろいろな意味で有名な一台だ。

購入のきっかけはリアルサウンドテックの取材で参加した「Apple Vision Proホルダー限定Meetup」だった。すでに別の取材でハンズオンはやっており、おおかたどういうデバイスかは把握していたし、参加前まではさほど購入意欲はなかった。
だが、50名ものVision Proホルダーを目の当たりにして、ノロノロとした徐行運転のような物欲メーターはトップギアに切り替わった。あのイノベーターが群がる環境でしか味わえない熱気は、人間を容易に狂わせる。

どう購入しようかと考えたあげく、今回はApple Storeで店頭購入しようと思った。iPhoneとMacBookを使っているものの、Appleに強い思い入れがあるわけでもなく、リンゴマークがきらめくあのオシャンティな店頭で物品を購入した経験があまりなかったのが大きい。
せっかくのド派手な花火、ご本家で打ち上げようじゃないのさ。そうした江戸っ子根性以外に、この行動を説明するものは思いつかない。

銀座の端っこにあるApple Store銀座店に汗だくになりながら入店すると、そこにはピカピカのVision Proがお目見え。さっそく「購入したい」と申し入れると、店頭での購入に際しては、ライトシーリングクッションのフィッティングも兼ねてデモ体験が必須となると伝えられた。

案内されるままに地下1階に向かうと、そこには複数人のVision Pro体験者がいた。世代はバラバラだったが、どこかおしゃれな雰囲気をまとっていたのは、そこが銀座だったからだろうか。いかにもなオタクは自分一人。すみません、普段はVRChatにいるんです。外界はずいぶんとひさびさなもので……

などと考えているとデモ体験の席へ案内された。まずはメガネの度数を測りつつ、Vision Proについての解説が伝えられた。ベテラン感のあるガイドの解説はかなり丁寧だった。
これが空間コンピュータという新しいデバイスであること、おすすめの装着方法、今回のデモ体験でふれるコンテンツ、よく使うボタン類(ほぼDigital Crownだけである)の説明など、ひとつひとつをしっかりと踏みしめるように伝えていたのが印象的だ。それだけ、このデバイスが未知なるものであることを意識しているのかもしれない。

デモ体験はハンドトラッキングとアイトラッキングの設定から始まった。ハンドトラッキングは正面に手をかざすだけ。アイトラッキングは前方に現れる点を見て、指をつまんで選択する。慣れがいる操作だが、アイトラッキング設定は効果音とエフェクトも相まってかなり小気味よい。

一通りの設定が終了し、アプリの体験に移る。まずは画像。通常の写真はもちろん、パノラマ写真、空間ビデオなど、Vision Proで真価を発揮するものを次々に見せてもらった。特に空間ビデオは、何度見てもなかなかにインパクトがある。映像に一定の「奥行き」があるだけで、こうもリアルっぽく見えるのかと。
ちなみに、このパートで指のピンチイン・ピンチアウト操作の練習もさせてもらう。まさにチュートリアルだ。また、体験中の様子は常にガイドの端末にミラーリングされており、ちょっと操作に迷ってもすぐにフォローアップが入る。この体制はVR体験にも役立ちそうだ。

続いてブラウザだ。これシンプルに見たままの体験である。とはいえ、実生活に一番取り込みやすいアプリはまちがいなくWebブラウザだろう。ヘッドセットでページを見て、両手で直接ページスクロールをする、あの体験は率直に言ってSFだ。さらにイマーシブ環境も体験した。

Keynoteも体験させてもらった。MacOS版となにが違うのかと思っていたが、なかなかおもしろい特徴が見られた。
まず、スライド中に3Dモデルを埋め込める。スライド上は平面だが、タッチすると3Dモデルが眼前に飛び出す。制作途中のデータや、参考資料としての3Dモデルを直接拡縮して見ることができるのはおもしろい。
また、イマーシブ環境を呼び出すこともできる。会議室か巨大なシアターかの二択。そこに作成中のスライドを映し、あたかも実践に近い環境でプレゼンの予行演習ができる。これも地味におもしろかった。こうした環境って意外に自宅だと用意しにくい。

最後に映像コンテンツとしてAppleTVの公式イマーシブビデオを鑑賞した。モノとしてはいわゆる180度映像なのだが、8K画質という類を見ない高画質だった。正直ナメていたがこれが一番インパクトがあった。ここまで画質が良いと普通に現実と錯誤する。あと、立体視なのか深度情報つきなのか、映像に奥行きが感じられる。
これまでVRヘッドセットで高画質な360度映像を見てきたものの、「両目4Kで4K映像を見る」が関の山であり、それならフルCGのVRのほうがおもろいと感じる。だが、片目4K(両目8K)で8K映像を目の当たりにすると、さすがに現実ばりの鮮明さに怯む。バスケットボールがこちらに向かって投げ込まれる映像で、反射的に体がよけようとしたのが、なによりの証拠だと思う。ごく普通の人に見せても、おそらく効く。

イマーシブビデオの鑑賞で、デモ体験は終了した。その後、ガイドからはシーリングクッションや視力矯正レンズの規格などを伝えてもらった。いったん体験してから購入を検討したい人向けのはからいだ。自分の場合はその場で購入の意思を伝え、各種手続きに移った。

購入モデルは256GB。さすがにこれより上位の容量を確保して役立つかどうかは判断がつかない。もちろんAppleCareは突っ込んだ。およそ8万円。ガイドも「おそらくApple史上最も高いAppleCare費用」と苦笑いを浮かべていた。これでお値段およそ68万円。人生で最も高い出費となった。

購入後、ガイドと別の店員とで会話があり、「デモからすぐにお買い上げいただいた」と伝えると、あたり一面から店員の拍手がこだました。いまどきモノを購入して拍手される体験もそうそうない。「これがブランドってやつか」としみじみ感じ入った次第だ。巨大極まりない買い物袋を入口まで持っていく対応もまぁ丁寧だ。Appleがなにゆえファンを集めているか、ひさびさにその理由を肌で感じた次第である。

袋にはリンゴマークが堂々と描かれたVision Proを持って街を歩いている間、心が常にソワソワした。何気なく腕より提げるその化粧箱のなかには、約68万円の異様な高級品が入っている。「ここがメキシコだったらとっくに襲撃されているだろう」などと思いながらつく帰路は、人生で最もスリリングなものだった。

同時に、その足取りはどこか現実味もなく、そしてワクワクした。そのあり様をまだ言語で捉えきれていないものを小脇に抱えていく、あの感覚はひさしいものだった。


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