星にねがいを! ヒヨ誕生日記念SS③
「真ちゃん!!」
わたしはスマホの画面に思いっきり顔を近づける。
まさかの1コールめでつながったのにもビックリしたけど、どうやら、外にいるらしいってことに、さらにビックリした。
「真ちゃん、どうしたのっ? そんな時間に外なんて危ないよ!?」
『大丈夫だよ。北斗のウチの庭だから』
真ちゃんがカメラを動かすと、たしかにとなりに北斗くんもいて、「よぉ」ってひらりと手をふってくれる。
だけど、そんな真夜中に庭で何やってんだろ?
「うぉいっ、相馬真、天沢北斗! 聞いて驚けビヨッ!」
ビヨスケが画面とわたしの間に、割って入ってきた。
まん丸の羽毛がふくらみきっちゃって、声まで震えてる。
わたしもだよ。心臓がバクバクして、まだ今起きてることが信じられないでいる。
「真ちゃん、北斗くんっ! あのね――、」
『ヒヨ、あのね』
声が重なっちゃった。
おたがい息をのみこんで、そして、おたがいが腕に大事にかかえてるものに気が付いて、同時に絶句した。
タオルにくるんだ、生まれたばっかりの子猫。
わたしの腕には、つやつやの毛並みの黒猫。
真ちゃんの腕には、ふんわりミルク色の白猫。
ビヨスケが、かくんとクチバシを開けて、身を震わせた。
わたしもそのとなりで、全身がしびれたみたいにぶるぶるしながら、やっとこさで呼吸を思い出す。
大きく息を吸い込んで――。ビヨスケと、ガバッと抱きしめあった。
「マジかビヨ⁉︎ だって、魂が完全に消えちまったはずビヨッ」
「う、うん、でも……、でも……っ!」
あの日二人は、わたしたちをソロモンの目からかばってくれて、ノートに移していた魂が消えてしまった。
それはそうなんだけど、でも……っ。
この偶然は、きっと偶然じゃないよね?
わたしは熱い涙を、ごくっと飲みくだす。
わたしの胸の中にも、ビヨスケの胸の中にも、彼女たちと関わりあった人たちの心には、あの日の彼女たちの姿が、声が、眼差しが、ずっとずっと残ってる。
だから?
つまりそれは、消えちゃう前に、わたしたちの胸に、しっかりと彼女たちの魂を分けてもらってたってことで。
だから夢に何度も出てきてくれて。
――最近急に出てこなくなったのは、その魂のかけらが……?
「キセキが起きやがったビヨォ……」
ビヨスケが鼻水をずびびっとすする。
わたしもぐちゃぐちゃの水色毛玉と、タオルに包んだ黒猫を一緒くたに抱きしめたまま、グズッと鼻を鳴らす。
「なに、ビヨスケ。『幸せの青い鳥』のくせに、キセキ信じてなかったの?」
いつだかのビヨスケのセリフを、そっくりそのまま返しちゃう。
そしたらビヨスケ、柄にもなくぼったぼったと大きな涙をこぼして、「信じてるビヨォォォ……」って。
ついでに感極まって黒猫赤ちゃんに飛びつき、シャッと顔面を引っかかれた。
いや、相変わらずの二人だね!?
わたしも泣きながら笑っちゃうし、画面の向こうで男子二人も笑ってる。
『……ヒヨ。こっちの白猫、今度夏休みに帰るとき、一緒に連れていくよ。ヒヨの家、夏から二匹いっしょで大丈夫かな』
「うん! 今ね、お母さんたち、スーパーダッシュで猫ちゃんセットを買いに行ってるところなんだっ。きっと大喜びだよ」
『そっか。よかった』
「絶対に、二人いっしょがいいもんね。……今度こそ、ずっと」
わたしはタオルの中の命の重みに――、ちゃんと、この世に生を受けて会いに来てくれた、幸せのかたまりみたいな温かさに、また、目の奥が涙でツンとしちゃう。
「ねえ、真ちゃん。わたし、ずーっと絵をがんばってるんだ。アニメ作って、アニメからい~っぱい、いろんな人に幸せ配達できる人になりたいから」
『ヒヨが決めた夢、ちゃんと覚えてるよ。前に話した、こっちのアニメスタジオのこと、本気で考えておいてよ』
「……うんっ。でね、もし、もしもその夢が叶ったらね。そしたら、この子たち、いっしょにアメリカで育てようね」
わたしも真ちゃんも、それぞれ大事に抱っこしてる子猫に目を落とした。
『……そうだね。待ってるよ。その頃にはオレも、ペットOKの、二人で暮らせる広さのアパートメントを借りられるくらいには、なっておくから』
「へっ? あー、そっか! わたしまで北斗くんちにお世話になるわけにはいかないもんねぇ」
二人のとこに、わたしとビヨスケもおジャマしまーすな絵面が浮かんでたけど、よく考えたらメーワクだなっ?
『ベツにいいぜ、ウチは。ヒヨも来れば?』
『――え』
真ちゃんが真顔になって、北斗くんに首を向ける。
と、彼は声をたてて笑って、「冗談」だってさ。
『つか、ヒヨ。小学生から絵がんばってんのは知ってるけどよ。それだけがんばりゃ、こっちで働けるわけじゃねーぞ。もし大学か専門からこっちに来るならよけいだろ。今の成績どうなんだよ。特に英語の』
「おぐうっ……」
さようなら夢、こんにちは現実!
真ちゃんは心配そうに眉をひそめる。
『これからは、英語でビデオ通話しようか。あと、勉強もおれがみるよ。ふだんの高校の授業の……』
「サ、サンキューベリーマッチョ!?」
画面の向こうの二人が、同時に絶望の淵に立たされた目をした。
――のは、き、きっと画面の光の加減とか、そんなかんじの気のせいだよねぇ!?
「気のせいじゃねぇビヨよ」
ビヨスケがわたしの心を読んだみたいに、ゲッソリつぶやく。
ま、まぁ、とにかく全力でがんばるのみだ!
それよりなにより、今日はすんごい記念日だもん。
わたしはまだ遠い未来を夢見ながら、そして近い未来に訪れる夏の日を思い浮かべながら、黒猫ちゃんの首をなでる。
わたしたち、はやく、大好きな人に会いたいね。
ノドをごろごろ鳴らして、指に擦りつけてきたほっぺたが、やわらかくて、あったかい。
彼女はツメを引っかけてタオルからズリ出てくると、スマホの画面に鼻を寄せた。
にゃあ、と呼びかけた声に、真ちゃんの腕の中で、白猫ちゃんもにゃあと答える。
もう二人でお話してる?
やっぱり二人は仲良しだね。
わたしはふふっと笑う。ビヨスケも涙でぐちゃぐちゃの、変な笑い声をあげる。
もう、名前を何にしようなんて、考える必要もないよね。
わたしたち、みんなで待ってたよ。
おかえりなさい、――セラちゃん、マリさん!
~了~
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