「いみちぇん!特別小話~中学生編~」テキストver.
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初夏の陽ざしのなか、咲きはじめたアジサイを横目に、江ノ電の車両がすぎていくのを待つ。
ふみきりを渡ったら、すぐそこがチェック・ポイントの「御霊神社」だ!
「あっ、ネコだっ。匠くん、中にネコがいるよ」
「へぇ。名誉宮司だって。おまえ、エラいネコなのか」
社務所のガラス窓のむこうに座ってるネコを、二人でいっしょに覗きこむ。
ネコは気持ちよさそうな大あくびだ。
わたしたちは顔を見合わせ、ふふっと笑った。
わたし、直毘モモ!
書道と漢字がシュミで、書道の先生を目ざしてる中学二年生だよ。
ミコトバヅカイのお役目を終えてから、もう二年ちかく経ったけど、匠くんは変わらず、わたしのとなりに立っててくれる。
今日の鎌倉遠足も、匠くんと同じ班で、すごくうれしくって。
昨日の夜は楽しみすぎて、あんまり寝られなかったんだ。
「直毘さん。見てください、このお守り。江ノ電のもようですよ。どれにしようかな……」
同じ班の柳さんは、お守りコーナーを物色中だ。
「シンケンだね、柳さん」
「そりゃ、これから帰りのことを思ったら、お守り選びも気合いが入ります」
「えっ、どういうこと?」
「鎌倉は古い町ですから。怪談がいっぱいあるんですよ。それに帰りのバスで通るトンネルも、超有名なホラースポットですし」
「そ、そうなのっ? わ、わたしもなんかお守り買おっかな」
なーんてやりとりしてたら、いつの間にか匠くんがわたしの真後ろに立ってた。
彼の視線は、わたしたちの背後、大きな木の下にすえられてるベンチのほうだ。
そこには、ぱっと人目をひくようなカップルが腰かけてる。
優しげな雰囲気の、目の覚めるような美男。
そして女子高校生くらいの可愛いお姉さんだ。
「あの男――」
匠くんの瞳が、久しぶりの文房師の色だ。
まさか、マガツ鬼がらみ!?
わたしはあわててキョロキョロしたけど、神社のなかはむしろ静かで気持ちいい空気。
邪気なんて感じないや。
わたし、ミコトバヅカイのチカラが無くなってるから、邪気にもニブくなってるのかもだけど……。
「あの人、ビックリするほどカッコよくてキレイなお兄さんだね」
様子をうかがおうと話しかけたら、匠くんは我に返ったみたい。
だけど見下ろしてきた顔が、みるみる仏頂面になっていくっ!
「直毘さん。あんまりほかの男性ホメたら、ムッとしちゃいますよ、彼氏さんが」
柳さんにぽんぽん肩をたたかれちゃった。
「えええっ!? でも、匠くんだってめちゃくちゃ目立ってるよ!?」
「……べつに目立ち度を競いたいわけじゃない」
地響きみたいな声でうめく彼。
「そうなの? や、そうだよね」
矢神くん、目立つのは気にしないけど、自分から目立とうとするタイプでもないし。
首をひねるわたしに、柳さんはにんまり。
「矢神くんって、意外とかわいいトコありますよねぇ。ふふふ……」
笑いながら、ほかのメンバーたちを追って、本殿への階段をのぼっていっちゃった。
とり残された、わたしと匠くん。
柳さんの背中を見送ってから、ちらり、おたがいに視線をかわす。
「モモ」
匠くんが手のひらを出してきた。
なんだろ? って考えこんだ後、ぼぼぼぼぼっと顔が赤くなっちゃった!
これ、手をつなごってコトだよねっ?
で、でも、まだみんな周りにいっぱいいるし、外だし――っ。
って思いつつも、わたしは心臓をバクバクさせながら、おっかなびっくり、彼の手をとる。
――すると、匠くんはくちびるのハシをつりあげて、ニッと少年らしい笑い顔。
そんなうれしそうな顔されたら、よ、よけい赤くなっちゃうよっ!
お役目の時は、毎日夢中で手をつないで駆けめぐってたけど。
あらためてつなぐと、やっぱ恥ずかしいしドキドキするし、……だけどうれしい。
わたしたちが交際中って、もう学校中のみんな知ってるけど、「ホントに匠くんの彼女なんだな」って実感しちゃって。
……彼女、なんだよなぁ。
まだ夢見てるみたいな、フシギなかんじだ。
ちらり盗み見たら、彼もこっちを見てた。
ニコッとしたら、微笑んでくれる。
サワサワと、頭の上で夏の色のこずえが揺れてる。
こうやって平和な中で、大好きな人と、終天のパートナーの手の温もりを感じてられる。
……幸せだなぁ。
「だいすき」
いきなりギュッと、匠くんの手に力が入った。
痛いくらいの力にびっくりして目をあげたら、匠くん、首すじまで真っ赤になって、そっぽを向いちゃってる。
あ、ああっ! わたし、思った言葉、そのまま口からこぼれてた!?
「あ、あのっ、いきなりごめん! ……でも匠くん、真っ赤」
わたし、目がまんまるになっちゃうよ。
前はこういう時、怒ってるのかなとかカンちがいしてたんだけどね。
最近ようやく、彼が意外と照れ屋なんだって分かってきたんだ。
うふふっと笑って、わたしは匠くんを下から覗きこむ。
と、彼はもっと首をそむけちゃう。
「見るな」
「だってうれしいんだもん。見せてよ、匠くん」
「カンベンしてくれ」
あいてるほうの手のひらで顔をおおい、完璧ガードな匠くん。
わたしはふざけて、
「主さま命令ですっ!」
ひさしぶりの主さま命令を発動してみたっ。
すると、しばしのチンモクのあと。
りちぎな彼は、ゆるゆるとこっちを向いてくれる。
指のすきまから、への字に口を引きむすんだ真っ赤な顔が、ちらり見えちゃってるっ。
「……おれの主さまは、容赦ないな」
「匠くん、かわっ……」
さすがに怒られるかなと思って、いそいで途中で言葉を止めたけど。
今度は匠くんのほうが眉をあげた。
「モモだって真っ赤だぞ」
「ひええっ、ほんと?」
あわててほっぺたに手のひらをあててみたら、うわっ、ヤケドしそうなくらい熱いっ!
わたしたちはもう一回顔を見合わせて――、ブハッと笑いだした。
「いいかげんに置いて行きますよー」
柳さんが本殿のまえから、あきれ顔で手をふってる。
わたしたちは笑いのおさまらないまま、小走りに彼女を追いかけた。
※
一足先に本殿に参拝してるモモと柳を、おれは後ろから眺める。
さっきのベンチの男をふり向くと、いつの間にか一人になっていた。
となりにいた女子高校生は、参道むこうの宝物庫へ歩いていくところだ。
その女子の背を見守る男の瞳の色が、優しい。
おれの視線に気づいたのか、男はいきなり立ちあがった。
しかしヤツは、おれを通りすぎ、モモのほうを凝視している。
……あいつ、やはりふつうの人間じゃないな。
おれは警戒して、さりげなくモモを男の視線からさえぎれる位置に立ちなおした。
すると、男はくちびるだけ動かして、何か話しかけてきた。
――キレイな気のおじょうさんですね。
にっこりと笑った男の、その壮絶なまでの美しさ。
おれはその笑顔にも、音なき声の言葉の意味にも面食らって、目をまたたいた。
「匠くん? どうしたの? まさかホントにマガツ鬼がいるとか――」
その場に立つくしていたおれを、モモが心配げにのぞきこんできた。
おれは口のハシを持ちあげて、笑みをつくる。
「……いや、なんでもない。大丈夫だ」
しかしおれは、まだ彼の横顔を目で追ってしまう。
男は二十代半ばかそこらか。
たしかにモモの言うとおり、そこらじゃみないような美貌だが、なによりあの「気」のこもった黒瞳。
すべてをやわらかに包み込むように温かな、しかし同時にゾクッとするような冷たい、なにか特殊な「気」をまとっている。
ミコトバヅカイや文房師ともちがう種類の気だ。
神職かなにかに就いている人間なのか……?
しかもあの男、おれから目をそらす直前、
お幸せに。
と、ほほ笑んだんだ。
……やはり、ただの神主には思えない。
「フシギな人だな」
「さっきの人?」
「ああ」
こちらに敵意はなさそうだったが、今度ハジメ兄にそれとなく聞いてみようか。
男は自分の恋人らしき少女を追い、宝物庫の方へ歩いていく。
それを見送ってから、おれは今度こそ気をゆるめ、モモのとなりに立った。
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