見出し画像

中学生になった凪と、小6の宇佐美の小話(星にねがいを!🌟)

 わたし、宇佐美早苗、小学六年生ですっ。
 今、桐ケ谷さんにバレンタインのチョコを届けるために、チトセ中まで来ちゃったんだ。

「ど、どどどどどうしようっ、もう着いちゃった……! やっぱりわたし、メーワクだよね!?」
 いったん学校から帰って、ランドセルを置いて、なるべくオトナっぽい格好に着替えてきたけど。
 わたしはどうしたって小学生で、桐ケ谷さんはもう中学生で。
 あと数か月で追いつけるってわかってるけど、その数か月が、とほうもなく遠く思えちゃう。

「だいじょーぶだよっ。うさみん、すんごいかわいい!」
「ありあがヘアメイクしたんだから、カンペキだよ」
「そうよ。自信持って」
 ヒヨちゃん、ありあちゃん、冴ちゃん。
 ここまでついてきてくれた、心強い三人の友だちが、みんなでわたしの背背中をたたく。

 ……だ、だよねっ。みんなの応援を、裏切るわけにもいかないもん。
 わたし、がんばらなきゃっ!

 ピー!

 グラウンドのほうから、ホイッスルの音が聞こえた。
 わたしはハッとして、金アミの向こうに目を向ける。

 ――フェンスの向こう、ずっと遠くに、中学のジャージすがたの凪さんを見つけた。
 
   たんっ。

 軽やかにスタートを切った彼は、風みたいに加速する。
 風を切って駆ける彼の前髪が流れて、おでこが全開になる。
 大地をしっかりとらえて蹴る、つま先。
 体重を感じさせない、きれいな前傾姿勢のフォーム。

 わたしはたちまち心臓の鼓動がはやくなる。
 やっぱり桐ケ谷さんって、すごいよ……!
 
「おー! 凪さんダントツだねぇっ」
 ヒヨちゃんに言われて、わたしは初めて、ほかにも走ってるヒトがいるんだって気がついた。
 それにファンらしきコたちが、きゃあきゃあしてる。
 二年か三年のセンパイかな。
 みんなスラッとしてて、すごくオトナっぽく見えて。

 自分のワンピースすがたも、渡すんだって決めて持ってきた大きなハート型のチョコも、急にこどもっぽく思えてきちゃった。
 それに、中に入れたメッセージカードもだよ。
 あんなの読まれたら、ニガ笑いされちゃうかも。

 じりっと足が後ろにさがる。

「およ。うさみん?」
「あ、あの。ごめん、みんな。やっぱり今日は……」

 キャーッ、ワーッって、にぎやかな歓声があがった。
 グラウンドに目をもどせば、桐ケ谷さんがぶっちぎりでゴールラインをふんだところだった。

 ――と。

 なぜか彼はそのままスピードを落とさず、グラウンドのコースを外れて、大きく曲がり。

 こ、こっちにまっすぐ走ってくる!?

「凪さ〜ん、ひっさしぶりー!」
「ヒヨ、ちょっとこっち」
「ありあたち、向かいのバス停で待ってるからねー」
 冴ちゃんとありあちゃんが、ヒヨちゃんの両腕をつかまえて、ずるずる引きずっていく。

「えっ、ちょっと待って、わたしも……っ!」

  ガシャッ。

「宇佐美も行っちゃうの? どーして」
 すぐそこに聞こえた声。

 ヒヨちゃんたちを追いかけようとしたわたしは、ゆっくりふり向く。
 そしたら、桐ケ谷さんがすぐそこで、金アミをつかんでる!
「わ、わああっ、桐ケ谷さん……っ!」
「オレに会いに来たんじゃないの」
「あのっ、だけどっ」

 金アミごしの桐ケ谷さんは、私服のときよりオトナっぽく見える。

「部活、まだ二時間くらいあるんだ。もーサボろっかな」
「だ、だめですよ!? ちゃんとおしまいまで出てくださいっ」
「……宇佐美なら、そう言うと思った。寒い中待っててってのもな。どうしよっか」
「わたし、ヒヨちゃんたちと来てるんで、すぐ帰りますっ。ごめんなさい、おじゃましちゃって……!」

 部活の人たちも、なんだなんだ? って顔で、こっちのようすをうかがってる。
 なのに桐ケ谷さんは、あいかわらずのマイペース。全然気にしてない。

「じゃあ、それ。そこから」
「え?」

 彼はわたしが胸に抱いてるふくろを指さす。
 次に、金アミの上を。
 ええとつまり……、これ、上から投げわたせってこと、かな?

 っていうか、チョコをわたしに来たの、バレバレですか!?

 カアアッとほっぺたを赤くするわたしに、桐ケ谷さんは小首をかしげる。
「オレのでしょ?」
「…………ハイ」

 もう、降参して、うなずくしかないよ。
 わたしはドギマギして顔もまともに見られないまま、「えいっ」と、両手でふくろを空に投げあげた。

 夕日の金色の光がまぶしくて、目が細くなる。

  とさっ。

「ありがと」
 金アミのむこうで、桐ケ谷さんはぶじにキャッチしてくれてた。
 彼はさっそく中をのぞきこみ、ラッピングしたチョコと、カードを取りだす。

「あ、あのっ、ちがうの! おうちで開けて、桐ケ谷さんっ!」

 おおあわてで叫んだけど、間に合わなかった。
 カードに目を走らせた彼は、眉をあげる。

「――桐ケ谷さんじゃなくて、なに?」

 う、とわたしはノドがつまる。
 わたし、あのカードに、

「名前で呼んでもいいですか?」

 なんて、とんでもないこと書いちゃったの……!

 だけどまさか、学校で部活中に、まだわたしがいるときに読まれるなんて、思ってなかったよっ。
 心の準備ゼロのわたしを、桐ケ谷さんはジッと見つめてくる。

「…………な、な、凪さん……?」

「うん」

 にこーっと、八重歯を見せて笑った彼が、すごく、うれしそうに見えて。
 しかもその笑顔が、部活の人たちには背中を向けたままで、わたしにしか見えてなくて。

 苦しいくらいに心臓がきゅううっとする。

「じゃあ……、オレが宇佐美を名前で呼ぶのは、ホワイトデーのときね」

 彼はそれだけ言って、紙ぶくろを手に、Uターン。
 部活の仲間のところへ、駆けもどっていく。

「…………うそ…………」

 わたし、その横顔が、一瞬見えちゃったんだ。

 顔全体、すっごく真っ赤だった!

 冬の冷たい風のせいじゃない……、よね?
 わたしはへなへなへなっとその場に座りこむ。

「うさみん、どした!? だいじょーぶ!?」

 ヒヨちゃんたちが、びっくりして駆けつけてくる。
 だけど、しばらく立ち上がれなくって、みんなにすごく心配かけちゃったんだ。


~おわり~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?