うてなと楽の夏休み(サバイバー)
「おーい、楽さぁぁ~~ん」
校庭を横ぎり、寮へ近道しようとしていたおれは、ふと足を止めた。
だれもいないはずの、お盆休みの校庭。
その朝礼台に、だれかが転がって、こっちに手をふっている。
ネコみたいに背伸びをしながら身を起こしたのは、五年S組のディフェンダー、空知うてなだ。
「うてなちゃん、なにやってんの? もう夏休みに入ってるよね?」
近づいてみると、彼女はやっぱりネコみたいな顔で、ふにゃりと笑った。
「花だんの水やり当番~。夏のトクベツ講習で、赤点とったらさぁ。リリコのやつが、罰ゲームだってぇ。もう三日目だよぉ」
「あらら」
うてなちゃんは、ここ数日見ないうちに、真っ黒に日焼けしてる。
そのうえ目の精気が失せてる。
どうやら、相当しごかれたらしい。
涼馬のかわりにアタッカー訓練を担当してるリリコちゃんは、うてなちゃんとは相性悪そうだしなァ。
居残り仲間の親友が入院中なのも、彼女にはよけいにストレスだろう。
「楽さんは、もう仮免任務終わったのか?」
「またすぐ行かなきゃだけどね。あ、さっきついでに、涼馬とマメちゃんのお見舞いに行ってきたよ。二人とも退院できたから、連絡してあげて」
「マジでか! うわー! あとで電話しよっ」
うてなちゃんは急に元気を取りもどす。
その笑顔に、おれもくちびるがゆるんだ。
「二人がいない間、さびしかったね」
「ほんとだよー! ボクもお見舞い行きたかったぁ」
「うてなちゃんが行ったら、泊まりこんじゃって帰ってこないでしょ。
……それにあそこは、行かなくてすむなら、行かないほうがいいとこだよ」
おっと、口がすべったか?
うてなちゃんはきょとんとして、首をかしげた。
「二人が退院してきたら、空っぽの寮にも涼馬がもどってくるし。おれもさびしくなくなるな」
ツッコまれる前に、テキトーにごまかしてみた。
と、彼女はますます首をかたむける。
「楽さんでも、さびしいなんて思ったりすんのか?」
「ええ? それは思うよ。人なみには」
「あんまそーいうの、なさそーに見えるぞ。S組の五年生、4月の一週間で、五人もヌケただろ。その後も、ポロポロやめてったときさ。リョーマは、相談のるぞとか言ってたけど、楽さんは『はいはい~』って、クラス変更届、渡してたよな」
とつぜん何を言いただすのか、予測できないコだな。
おれは少し返事に迷って、とりあえず笑っておいた。
「それはさぁ、向いてないコをムリヤリ残すほうが、本人にもかわいそうでしょ」
「そうだけどさ……」
なにかナットクしきらないように、彼女は口をとがらせる。
じ~~~っと見つめられて、その大きなまっすぐな目に、おれはだれか、よけいなコを思い出しそうになってしまう。
そういえば、涼馬たちのお見舞いは行っても、あっちは全然、顔出してないな。
……いや、あっちに顔を出すつもりなんて、さらさらないんだけど。
「楽さん?」
ぼうっとしてたらしい。
目の前で手をひらひらされて、我に返った。
「だいじょぶか? さっきボクが声かけるまえも、ちょっと怖い顔してたぞ」
「そう? 遠目だったからじゃない?」
おれは自分の頬をなで、注意深く笑みを作る。
「……楽さん。さびしかったり、疲れてたりしたら、ボクに相談してもいいぞ。ディフェンダーは、カウンセラーだってやるんだからなっ」
「あれ。ぼくは、そのディフェンダーリーダーですけど?」
「リーダーだって、疲れるときはあるじゃんさ」
雨雲が出たら、雨が降る。
それくらいトーゼンのことみたいに言われて、おれは目をまたたいた。
うてなちゃんは、まだじっと見つめてくる。
「……しまったな。今日、うてなちゃんを餌付けするお菓子、なんにも持ってないや」
「お菓子!? 後払いでいいぞっ」
「うてなちゃんのカウンセリング、高くつきそう」
「楽さんなら、いつもお世話になってるから、お団子十本でマケてやる」
ハハッと声を出して笑ってみたら、ふしぎと肩の力がぬけた。
「一人で来たんだよね? 家まで送ってあげようか?」
「まだ明るいから、ぜんぜん大丈夫だって! S組のおかーさんは、優しいなーっ。じゃ、ボク帰るけど、楽さんもちゃんと休むんだぞー!」
ゲンキに走りさっていく彼女を、手をふって、見送り。
おれは全然優しくないんだよ、と、苦く笑う。
だけど時々、うてなやマメちゃんたちに、変に優しくしてあげたくなる時がある。
なんだろうな、これ。
いったん校門を出たうてなちゃんが、またこっちに首を出して、ぶんぶん手をふってる。
おれは笑って、外の角を曲がるところまで見守った。
……おれも寮に帰って、寝るか。
うん、ちゃんと眠れる気がしてきた。
もうだれが見てるわけでもないのに、おれはほのかに笑って、自分も寝床に向かって歩き出した。
~了~
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