その後のヒヨと冴子SS(星にねがいを)
中学生時代のヒヨと冴子、春休みの初日の公園。
ヒヨはスケッチブックを膝にのせ、満開の桜の下に座る冴子をモデルに、デッサン中。
「ヒヨと二人だけって久し振りね」
「あー、そっかも? ハルルンとかありあちゃんとか、けっこう一緒に遊んでくれるもんねー」
「それに平日は中学がちがうと、なかなかね」
「……ハッ。せっかくなんだから、公園でお絵描きとかじゃなくって、どっかお出かけすればよかったね!?」
「いいのよ、別に。ヒヨ、美術部の宿題やっちゃいたいんでしょ?」
「ありがとおぉ、冴ちゃん……!」
相変わらずいつでも優しい冴子に、感謝の絶えないヒヨ。
鉛筆を滑らせながら、ジッと冴子を観察する。
花びらの舞い散る下で、冴子は春風に黒髪をなびかせる。
ヒヨを眺める彼女の瞳は、木漏れ日にちらちらと煌めいている。
その光と影を写し取りながら、ヒヨはしみじみ。
「冴ちゃんって、ほんとにキレイだよねぇ……」
冴子は横顔をくるりとヒヨに向け、目をぱちくり。
そのあと頬を赤らめて、「何言ってるのよ」と笑う。
「ヒヨこそよ。最近、すごくキレイになったわ。気づいてないの?」
「わ、わたしが!? いやいやいやいやいやっ、ビヨスケがいたら大笑いされちゃうよっ」
「相馬に言われない?」
「えー!? 髪切ったときは驚いてたけど、そそそそんなっ」
「あら、そう……、ふうん。わたしも、そろそろ相馬にメール送ろうかしら」
半眼になって目をすわらせる冴子。
ヒヨは、その時の真が、画面越しに「何かあったの!?」と珍しい大きな声を出して心配してくれたのを思い出し、アハハと苦笑い。
しばらく、ヒヨの鉛筆の音だけが響く。
「ねぇ、ヒヨ? ヒヨの誕生日には、みんなで集まらなきゃね。ありあたち、もう腕まくりして計画してるわよ」
「おわああ……、うれしすぎて、今日は『一日一幸せ』の目標、秒で達成だよ。冴ちゃんに会えたのだけでスーパーハッピーなのにねっ」
「ふふ、ありがと。わたしもよ。……中学に行ったら、なにもかも変わっちゃう気がしてたけど、そうでもないのね。なんだかんだ、チトセ小のメンバーともしょっちゅう会ってるし」
「真ちゃんも、ビデオ通話でけっこう話せるしね」
顔を寄せ、うふふと笑いあう二人の笑顔は、みんな一緒だった頃と変わらない。
「みんな、ちょっとずつ変わってるけどさ」
「思ってたほど、変わってない」
未来ははるか遠くじゃなくて、一歩一歩の毎日の先。
だからちゃんと、つないでいたい手を、離さないでいられる。
ヒヨは、スケッチブックの冴子の胸に、クローバーの葉一枚のネックレスを描きくわえた。
満足な仕上がりに、うんっと全開の笑顔でうなずく。
冴子も覗き込んで、「キレイに描きすぎじゃない?」と笑った。
「もっともっとキレイだよぉ?」とヒヨは首をひねる。
――と、冴子はふいに、ヒヨをじっと見つめこんだ。
その真剣な色に、ヒヨはきょとんとする。
「どしたの、冴ちゃん」
「…………ううん。ただ、ありがとって、思ったの」
「ほへ? この絵? あ、これ宿題出したあとは持って帰れるから、気に入ったら、もらってくれる?」
「もちろんよ。……ありがとう、ヒヨ」
ゆっくりと、もう一度そう口にした冴子の言葉は、ただ絵をもらう以上の〝何か〟が込められているように聞こえて。
ヒヨは瞳を瞬くが、冴子は立ち上がってしまった。
「さ、ヒヨはそろそろお腹がすく時間でしょ? どうしよっか。どこか食べに行ってもいいし、わたしの家でもいいわよ」
「えーと、あっ、ひふみ学園の近くのクレープ屋さん、冴ちゃん行ったことある?」
「この前、剣道部のセンパイに連れていってもらったわ」
「そんなんだっ。あそこ行こうよ! この前ねー、英一郎さんが裏メニューの777パフェっていうの挑戦してみろってさぁ。凪さんは吐きそうとか言うし、うさみんはガッツだよって腕まくりしてねー、」
おしゃべりしながら公園を出ていく、楽し気な二人の背中。
二人の歩いて行く道に、ピンクの花びらの風が、優しく吹いていったのでした。
~了~
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