あなたが帰ったら、とても恋しくなるわ
これは、配属先のスタッフが本当に何気ない瞬間にポロッとこぼした言葉である。
”Ah, te extrañaré mucho cuando te vayas.”
その一言に、「気が早いよ、あと1年以上ここに居るよ!」と返しながら不覚にも泣きそうになった。
JICA海外協力隊という立場で、中米ニカラグア共和国で暮らし始めて10ヶ月が過ぎた。配属先のクリニックで過ごし始めてからは9ヶ月。
先日ニカラグアの地に降り立って300日目を迎えたところである!祝
日常の大小の気づきを取りこぼしたくなくって、どこかに記録しておきたくなって、300日を記念に発信を始めることにした。
この10ヶ月間、たくさんのことがあった。嬉しいことや幸せなことももちろんあったけれど、「海外協力隊」という言葉が持つキラキラ感とは裏腹に
ドロドロした悩みや想い、葛藤や焦りに苛まれる期間も多々ある。
そもそも私は、助産師としてこの国でボランティアをするために来た。
日本での働き方はというと、総合病院で1日に数人〜数十人の妊産褥婦さんと向き合い、分娩室(お産の場所)や妊娠期・産褥期の病棟、助産師外来、産科手術室、と毎日目まぐるしくもやりがいに満ちて勤務していた(前職や助産に対する想いについてはとても長くなるのでここでは割愛)。
しかし、この国での仕事のスピード感は全く異なる。
そもそも私の配属先のクリニックでは仕事の絶対量自体が少ない。大雨が降ったら患者さんは来ないし、クリスマスや独立記念日、大型連休等の前はみんなが給料をプレゼントやパーティーの準備に使い、自分の健康のためには使わない(同僚談)らしく、クリニックではさらに閑古鳥が鳴く。スタッフは暇なら暇で、SNSを眺めたり談笑したり食べたり飲んだり。
自分で仕事を作って取り組もうにも、時間や計画性の概念の違い、コミュニケーションの壁に何度もぶつかって疲弊することも多い。
それに協力隊の特性上、事務作業や教育・啓発が多い現場にいることもあり※、大好きな出産の現場や新生児(産まれたての赤ちゃんたち)からしばらく離れているので、恋しくなってきたのも事実である。
※JICA海外協力隊員として派遣される国の多くにおいては、日本の看護師免許が使用できないことに加え、隊員を感染から守るためにも、血液や体液の暴露をはじめとする患者への直接的な医療行為は禁止されているのである。
性教育のクラスや啓発活動に精を出して自分なりに満喫してはいるものの、日本で着々とステップアップしている元同僚たちと比較するなどしてしまい、自分の助産師としての成長を感じられずに焦る日々も続いていた。
隣の芝はいつだって青いね。
・・・と前置きが長くなったが、冒頭はそんな中での同僚の一言である。
助産師としてどうとか、自分が何かここに残せているのか、とかそういうことが一挙に吹き飛んだ。
ああ約1年間かけて、同僚にとっては私の存在があって当たり前なもの、いなくなったら寂しいものになっているんだということ、そのシンプルな事実にいたって感動してしまった。
気がついてみれば、これまで日本人が一人もいなかった場所に飛び込んで、母国語以外の言語でがむしゃらに毎日生きて一年弱で、「ここにいても良いんだ。」とふとした時に思える環境になっていた。頭ではなく心で、ここが自分の居場所と感じられるまでにこのくらいの月日がかかるとは。
今の段階では、それできっと満点だ。と私は思う。
もちろん自分の専門性をもってこの国の人々に何か貢献したい、と思って来ているし、多額の税金をかけて育ててもらい派遣してもらっているので、自分の力の及ぶ範囲で努力は怠りたくない。
けれど以前の私だったら分からなかった・想像ができなかった大切なことを学んでいる気がする。まだ抽象的で、明確な言葉にはならないのだけれど。そんな抽象的な学びに思いを馳せると毎回浮かぶのは、星の王子さまの言葉だ。
今ニカラグアで五感を使って全力で学んでいることたちは、心でしか見えない「かんじんなこと」な気がするのだ。きっと私自身がより豊かな人間になるために必要なことたちなんだと思う。
技術や知識を伝えるだけであれば、専門分野の経験0~数年の新卒や若手ではなく、もっと経験のある層ばかりを派遣すれば良い。
それに一人ではなくて、団体で送り込んだ方が日本式のやり方で物事を円滑かつ効率的に進めることができる。
でも任地にたった一人、専門性も語学力も未熟な隊員を放り込む(言い方は悪い)国際協力のあり方なのはどうしてだろう。
微々たる力でしかなくて、余裕なんかなくて、ガッツやノリでどうにかすることも多くて、でもそうしてがむしゃらに一緒に生きる姿が、任国で出会った一人の人生を変えうる可能性を秘めている。なんと夢のある話だ。
ぐるぐると考えつつも、現段階でこのような考えに辿り着いてニカラグアでなんとか楽しく送っている日常は、一人で紡げてきたものでは決してない。
文章にするととてもありきたりだけれど、ありきたりなことの尊さも身をもって実感している最近なので(これもまた機会があれば書きたい)、あえてありきたりに書く。
日々配属先のメンバーが温かく迎え入れてくれて何気ないことで笑い合ったり、ことある毎に先輩・同期・後輩隊員の方々に息抜きをしてもらったり、所属組織や在住法人の方々・大使館関係の方々にも多大なる支えをいただいたりしている。たびたびの電話やSNSでつながる日本の家族や友人たち、他国の同期隊員の存在も欠かすことはできない。
上記の皆さまに加えて、ホームステイ先のホストファミリーやジムなど、活動とは全く関係のないコミュニティをいくつか持っていることも私のバランスを保つためには大事なことみたいだ。
今では当たり前みたいな日常になった協力隊の日々、全部ひっくるめて、尊いなあと感じる。
高校生くらいから、ずっと人生の選択肢にあった海外協力隊。自分がその夢を叶えて、今この場にいることを夢みたいに感じる瞬間もある。
この先まだまだ色々な経験をしたいと思う。涙を流すこともイライラすることもたくさんあるだろうし、時にここでの自身の存在意義をも問うかもしれない。
でもそれと同じくらい嬉しい、幸せな瞬間もあるといいなと思う。
協力隊活動の中で求める意義も成果も、人それぞれ。
私はここで見つけた、小さいかもしれないけれど宝物のような一瞬一瞬を大切に拾い集めて、夢のその先を紡いでゆきたい。