◆怖い体験 備忘録╱第7話 旅館の日本人形
これは、高校の部活動で旅館に泊まった時に起きた、ある騒動のお話です。
わたしは高校の頃、美術部に所属していました。
あれは2年生の頃だったか…
確か高文連の大会で、北海道のY市にある旅館に泊まったのです。
公立高校の貧乏文化部が大会で泊まる旅館と言えばだいたい想像がつくことでしょう。
そう。大変レトロで趣のあるリーズナブルな宿泊施設でした。
わたしたちの部屋は、二階の一番奥の突き当たりにあり、日頃は廊下を隔てて二部屋として使用しているところに襖をはめて、急いで繋げたような大部屋でした。
そこに他校の生徒たちとみっしり寿司詰め状態に詰め込まれ、一夜を過ごすことになったのです。
基本的には、楽しい一夜になるはずでした。
何しろ同年代の似たような趣味の女子だらけ。
絵の話はもちろん、好きな漫画やアニメや芸能人、噂話から恋バナまで、夜も更けるまであちこちで話の花が咲いていたように思います。
ただ。
他校側にあった床の間に置いてある大きな日本人形の存在感だけは、何となくみんなうっすらと気にしていたように思います。
特に、怖がりな子ならなおのこと。
さて、異変が起きたのはみんなが寝静まった真夜中のことでした。
わたしは誰かの呻き声で目を覚ましました。
わたしが寝ていたのは、いつもはおそらく廊下として使われているのであろうと思われる、二部屋を繋げた中心くらいの窓側。
そこで、自分の学校と他校側のどちらから聞こえてくるのかも判然としない呻き声を聞くともなく聞いているうちに、気づくと金縛りにかかっていました。
旅先での金縛りに若干焦りはしたものの、基本的にはいつものことなので慣れたものです。それよりも、この時は謎の呻き声の方が気になりました。
この、重苦しそうな声。もしかすると、この部屋の中の誰かもわたしと同じように金縛りにかかっているのかも知れない。
そう思ったのです。
次の瞬間。
どこからからキャアアアアア!!!!!!という凄まじい絶叫が響き渡ると同時に、わたしのおなかの上に、誰かに踏みつけられたような
ドスッ!!! という衝撃が走りました。
同時に金縛りは解けましたが、あまりの衝撃にわたしはその場に丸まってうずくまり、痛みをやり過ごすのにしばらくかかりました。
しかし、すぐにそうも言っていられない事態であることに気がつきます。
さっき悲鳴を上げた他校側の誰かがめちゃくちゃ泣き叫んでおり、室内は異様な空気になっていたのでした。
わたしは一応部長だったので、自分に降りかかった金縛りや謎現象はさておき、他校側の生徒に何が起こってそうなっているのか確認しなければなりませんでした。
とりあえず、泣いている生徒を宥めている向こうの部長さんに「大丈夫?何かあったの?」と尋ねたところ、起こしてごめんねえ、と前置きされた後に、こんなことを言われたのです。
「いやー、さっきこの子が目ぇ覚めちゃって、何となく見たらね、あの日本人形がじーっとこっちを見ながら バサッ!バサッ!って両手を振り上げて袖を振ったんだって」
そりゃ泣くわ。
そこからしばらくはちょっとした騒ぎになりましたが、何しろみんなもう高校生なので、泣き出してしまった数名が先生の部屋に行ってからは、みんなでひとまず落ち着こう、という流れになりました。
わたしを含めてそれが事実ではないか、と怖がる女子たちも居たのですが、オバケなんているわけないじゃん!絶対寝ぼけたか見間違いだって!!と主張する超現実主義の女子たちもおり、彼女たちの手によって日本人形には朝までバスタオルがかけられたため、その後それが動いたかどうかは、結局解りません。
何人か、動いたのを見たという子も居たり、自分も金縛りにはかかりましたが、今思えば集団ヒステリーみたいなものかな?と思えなくもなく。
ただ、こうして振り返ってみると、日頃はおそらく観光客よりも工事関係者などの方が多そうな趣の宿で、あの日本人形が突然たくさんのお姉ちゃんたちに囲まれて、嬉しくて構って欲しかっただけなのだとしたら…
悲鳴を上げられたのはショックだったかも知れないですね。
わたしのおなかの上を走って行ったのは、もしかすると、あの日本人形だったのかも知れません。
それでは、このたびはこの辺で。