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◆怖い体験 備忘録/第35話 女子高生が通る道
わたしの祖母には、多分少しだけ霊感のようなものがあったらしく、それは祖母から母へ、そしてわたしと妹へと受け継がれたようで、母とわたしたち姉妹はかなり昔からほんのりと、不思議な体験を繰り返してきました。
母がやや痴呆気味になり、妹とは離れて暮らして久しい今、母や妹、そして祖母自身の身に起きた話の記憶はほとんど薄れてしまいましたが、これは妹の身に起きた、今でも覚えている数少ない不思議な話のひとつです。
その頃の妹は、わたしが一人暮らししていた父亡きあとの実家から、車で7〜8分ほど離れたところにある古いアパートで、旦那さんと息子と3人で暮らしていました。
そのアパートは長屋タイプの作りで、同じ形の二階建てが2軒くっついたような形をしており、道路に面した手前側に、妹たちは居を構えたのです。
何となく気になるな…とは、一応思ったのだと、妹は後になって言いましたが、この時は何しろ二階建てが気に入ったのと、何より家賃が安かったので、即決したのだそうです。
異変は、入居したその日から始まりました。
まず、夜中に足音のようなものがする。
最初はお隣の住人の生活音ではないかと思おうとしたのだそうですが、隣には誰も住んでいないという事実に妹たちが気づくまでには、そう時間はかかりませんでした。
続いて、階段からペットボトルを落とすような物音がするようになりました。
その音は夕食の最中に鳴り始めたそうで、義弟と甥っ子も同じ音を聞き、何か階段のところに置いたっけ?と見に行くと、そこには何もなく、ただペットボトルのような軽い何かがカラン、カラン、と階段の下まで転がってくるような物音だけが、時折聞こえて来るのだそうです。
しかしまぁ、妹はこの手の話にはある程度の耐性がありました。
何しろつい数年前には父のことでわたしと共に様々な不思議体験をしています。なので、些末な事なら放っておこうと思っていたそうなのですが…。
妹と結婚するまでは、全く恐怖体験とは縁のなかった義弟は、どうやら少しずつ不思議現象の恐怖に対するストレスを、溜め込み始めていたようでした。
妹たちがそのアパートに住み始めて、どれくらい経った頃だったでしょうか。
確か、一ヶ月も経っていなかったと思います。
ある朝の7時前くらい、突然電話が鳴りました。
妹は、滅多にわたしに電話を寄越すような子ではありません。それが珍しく朝早くから電話を鳴らしてきたので、驚いたわたしは慌てて飛び起きました。
どうした!?何かあった!?と聞くと、妹は寝起きの不機嫌そうな低い声で、前置きもつけずに「おねえ、盛り塩のやり方教えて」と言ってきました。
一体わたしを何だと思っているのか。
一瞬はてと首を傾げましたが、妹の声色は至って真面目。とりあえずどしたどした、と話を聞くと、二階の部屋に寝るようになってから、毎朝、起き抜けに金縛りにかかるようになってしまった、と言うのです。
わたしの経験上、金縛りには2種類あります。
ひとつは、身体の疲れでかかるもの。もう一つは、皆さまご存じ霊的なやつです。
で、寝る間際ではなく起き抜けにかかるやつは、往々にして後者の場合が多いのでした。
その旨を伝えると、妹は少し苛々した様子で「だから電話したんじゃん!毎朝誰かがおなかの上を踏んでくのよ!」と言いました。
それは何ともう一週間以上も続いていたそうで、妹も何とか手を変え品を変え応戦していたのだそうです。
その、得体の知れない金縛りをかけてくる奴は、一人ではなく二人のようだ、と妹は言いました。
最初の頃は何も聞こえなかったものが、最近は何か賑やかに話しながら現れ、妹たちに金縛りをかけては、それを踏みつけながら通っていくのだそうです。
そしてその2人は、どうも話している言葉遣いから察するに、片方は女子高生、もう片方は彼氏??か何かだ!と、妹は今にもぶち切れんばかりの勢いで言いました。
最初は、半紙の上に塩を置いて盛り塩をしてみたのだそうです。
しかし、全く効果はなかった。
そしてここ最近は、心の中で必死にお経を唱えることで何とかならないかと頑張っていたのだそうです。
けれど、女子高生たちは一向に話やめる気配もなく、ただ妹に金縛りをかけ、おなかの上を悠々と通り過ぎてゆく…。
女子高生が通り過ぎたあとは、すっかり金縛りは解けると言うので、それが原因であることは十中八九間違いないでしょう。
しかも、今日はとうとう必死にお経を唱えている妹の上を歩きながら鼻でフン、と笑い「お経だってーww」とバカにしたように笑われたと言うのです。
妹はそれですっかり憤慨し、わたしに電話をしたのだ、と言いました。
「人の貴重な睡眠時間邪魔しゃーがってアイツらぁ!!ぜってー入れないようにしてやるー!」と、睡眠不足には滅法弱く、地獄のように寝起きの悪い妹は、電話の向こうで叫んでいました。
しかし。
そんな電話を寄越されたところで、わたしは何かができるわけではないのです。
ただ、妹よりちょっと怖い体験に悩まされた機会が多くて、自分なりに何とか対抗しながら生きてきただけで…
そんなに強いやつなら、もープロでも頼まない限りは無理なんじゃない?と、わたしは言いました。
その頃、我が家でも少しだけ現し世の者っぽくない何かの介入があったので、うちの玄関にも、盛塩はしていました。魔除けになるという菫色の器に、天然塩を盛ったやつ。
しかし、それで何かに効いたかどうかは実際解らないのです。全く何も起こらなくなったわけではなかったので…。
「菫色の器ね」と、妹は厳かに言い、そのまま電話を切りました。
わたしは、どうにかそれで金縛りが収まってくれるよう祈るより他ありませんでした。
妹たちが次のアパートを決めたと連絡を寄越したのは、それからまもなくのことでした。
案の定、器を変えたくらいでは上手く防ぎ切らなかったのでしょう。
最初、妹は「敷金礼金も払ったのにこんなに早く出る羽目になるなんて!!」とお怒り気味でしたが、退去の旨を大家さんに伝えに行くと「あぁ…やっぱりか…悪かったね」と申し訳なさそうに謝られた挙句、家賃を除く丸ごとを返還してくれたそうで、すっかり溜飲を下げていました。
つまり、そういうことだったんでしょうね。
まぁ、妹的にはもう少し住むという選択肢も無きにしもあらず…というところだったそうなのですが、何しろ義弟のメンタルが限界でした。
引っ越さないなら俺一人でどこかに住む!!まで言い出したため、急いで引っ越すことにしたんだ、と妹は笑っていました。
その家は、その後取り壊されて、今は跡形もありません。
そこにはどんな曰くがあったのか、妹も特に大家さんに尋ねることはしなかったそうです。
それでは、このたびはこの辺で。