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スイッチド・オン・ロータス

『ロータス』を最初に一冊にまとめて頒布したのは2012年11月18日の第15回文学フリマでした。
 当時のブログの告知記事で、

連作のガイド兼楽屋話を載せたペーパーというか小冊子を作りますので、気になるけどいきなりこのぶ厚い本に手を出すのは躊躇われる……という方はお持ちください。お買い上げいただいた方には問答無用でお付けします。

 と書いていて、これが『スイッチド・オン・ロータス』(*1)という小冊子でした。
 たしか30部ぐらい作って、ありがたいことに一回のイベントですべてもらっていただけたように記憶しています。
 
 オンライン・エディションのあとがきにかえて、その内容をここに再録いたします。
 お読みくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。

ロータス Lotus

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初出:2009.12.06

 うっかり生身の男性に片想いをして、もう二・五次元相手への妄想恋愛には戻れないだろうと思っていたのに、奇跡的にミュージシャンやライヴへの熱狂を取り戻して、すごくすごく幸せだったときに書きました。
 小説ってしんどいときのほうがよく書ける気がしていて、実際これを書いたときは小説書く気分じゃなかった(笑)三日ぐらいで書いたおぼえがあります……。何とか締切までに書き上げたものの、満たされたときに書いた話なんてぬるいんじゃ、という不安がずっと拭えなかった。私自身、作家やミュージシャンの「不穏な悲鳴」ばかりを偏愛しているところがあるから、「書く話がつまらなくなるから、不幸でいてほしい」と望まれたら私はそれを拒めないなあ、とか傲慢なことを思ったり。
 ……そんなどうでもいいことを考えるほど、このとき幸せでした。この話を書くために、新宿御苑をひとりで歩いた日が最高に楽しかったことを今でも覚えています。「ずっとこのままでいられたらいいのに」というフレーズをあのときに書いた、というのは今にして思うとかなり切ない。
 時代考証が地味に面倒でした。

リップスティックのL L is for Lipstick

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初出:2010.12.05

 タイトルは「化粧しているレズビアン」を指す「リップスティック・レズビアン」という言葉(*2)から。
 私自身が演劇部にいた中学生の頃と時代設定が近いので、当時の学生演劇界隈で人気があった戯曲をできるだけ使いたかった。如月小春は鉄板でしたね! 初出時に準備不足で入手できなかった『想稿・銀河鉄道の夜』を使えたので悔いはないです。
「僕」という一人称については思うところが色々あり……「僕っ子」を痛い、と糾弾したくなる気持ちは私もわからないでもないですが(自分が捨ててきた幼さを、いつまでも平然と纏っているものに対して発動する同族嫌悪ではないかと思う)、しかし「わたし」と言えなくて「僕」を選ぶ切なさにも共感してしまうところがあります。男性が「私」と言うときの、あの無機的で中性的な感じが欲しいんですが、難しい……。こういうときだけは英語の「I」が羨ましくなります。
 全篇を通して唯一、女の子だけで完結する話。 

シスター Sister

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初出:2011.08.21

 この連作では最もネガティヴな話(だと私は勝手に思っている)。
 総集編に入れるにあたっていちばん直しを入れた話です。進まなくて進まなくてうんうん言いながら書いて、とりあえず目の前の締切に合わせて無理やり話を終わらせたあとで、その話に欠けていた決定的なパーツが見つかる、ということがたまにありますが、この話もそうでした。去年(*3)の八月の時点では知らなかった感情をかなり書き足しています。結果、ますます後ろ向きな話になってしまったんですが……
 作中に出した『尼僧物語』はとても美しい映画で、「修道院」という響きに惹かれる人は必見だと思います。石造りの修道院を修道服のオードリー・ヘップバーンが歩いている絵だけで眼福です。物語もドラマティックで、神に身を捧げるという生き方の困難さを考えさせられます。
「安らぎを得る日が来るのでしょうか、抵抗せずに服従できる日が」と苦悩するシスター・ルークにマザー・クリストフが穏やかに「そんな日は来ません」と言う場面は衝撃でした。

リリイ Lily

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初出:2008.05.11

 投稿用に書いたせいか、我ながらいちばんよくまとまっているなと思います。これだけほかの話とちょっと雰囲気がちがう感じ。これがいちばん最初に書いた話で、もう五年前(*4)になります……
 ブーケドゥリスのモデルにしたのはブールマルシェというお店でしたが、数年前に閉店してしまいました。チュニック社の下着は今でも購入できます。私はこれを書いた当時、神楽坂の「みゆき」というお店でキャミソールを購入しました。結構いいお値段だったけど、どうしても欲しくて衝動買いしてしまった……。勝負下着として気合をいれて作文するときに着ています。
 いつも、過去の自分を傷つけないように小説を書いています。私はフィクションに、もしかしたら対現実以上に僻みっぽく、しょっちゅう小説のキャラクターと自分を引き比べて裏切られたとか置いていかれたとか思うので、自分にできないことは自分の書く話の主人公にも絶対にさせられなかったのですが、この話で初めて主人公にそれをさせました。
「この短篇だけを一年前の私が読んだら傷つくかも……という気がしないでもないです。五年前の私なら絶対に傷つくと思う。たぶん、構想している物語の全体を読めばそうでもないと思うのですが。誰より私のために早く完成させようと思っています。」と当時のあとがきに書いていました。

トランスヴェスタイト/クロスドレッサー TV/CD

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初出:2009.05.10

 タイトルからつくった話です。「トランスヴェスタイト」も「クロスドレッサー」もともに異性装者のこと。
 イベントではこの話がいちばん動いていた気がしますが(いつも品薄だった……)いちばん難産だったのもこれです。世界観や設定はものすごく趣味に走ったにもかかわらず! 私は服や小物のブランドを延々書き連ねるのが好きなので、本当に楽しかった。
 固有名のある登場人物が多い話ですが、服装の傾向が全員決まっていたためキャラクターは立てやすかったです。とくに茉莉花は、連作それぞれの主人公たちのなかでも蓮実・桃重の次ぐらいにキャラが立っていて、そのせいか最終話への流れのなかでかなり重要な立ち位置になりました。彼女の問題は私が最初にこの話を書いたとき認識していたよりもずっと大きく、それを最終話まで持ち越した、というのもあるんですが。それまで主人公=書き手、という構図からなかなか脱出できなかった私が、自分と切り離して書けた最初の主人公も茉莉花ではないかと思います。
 ちなみに、私自身は椿に感情移入しながら書きました。茉莉花に投影したのは私の母です。

ライフ・イズ・スパイラル Life is Spiral

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初出:2011.11.03

 作中のカフェは神楽坂のカナル・カフェ、蓮実がブログで参戦報告しているライヴは2011年10月22日さいたまスーパーアリーナで行われたLUNA SEAのチャリティー公演です。もともと自分の感情や体験を原材料にしてお話をつくる方ですが、この年は素材に火を通してフィクションに調理する力がほとんどなく、限りなく私小説になってしまいました……。
 そして「TV/CD」からこの話を含めて三話続けて登場する架空のバンドCanaanですが、実は以前に書いた「胡蝶」はこのバンドをめぐる話です。眠ってばかりいる兄とロリータの弟と、蓮実のプロトタイプみたいな中性的な女の人が出てきます。ヴォーカルの中村聖一は高校生のときに遊びでつくったキャラクターで、今更新しくキャラクターを考えるのも面倒なのでちょいちょい使いまわしてしまうのですが、それにしても彼のその後の顛末についてまさかこの連作で触れることになるとは……。

ロータスⅡ Lotus 2

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初出:2012.11.18

 最近の小説はそうでもないですが、物語の登場人物って男はファーストネーム・女はファミリーネームで表記されがちなのがずっと気になっていて、それを意識して蓮実だけはあえて姓で表記してきました。最終話だけ「輪」と書いていますが……。輪という名前は単位(数え方)からとっています。ちなみに沙羅と柘榴はキラキラネームのつもり(笑)
 沙羅は学校以外にはまったく何の繋がりもなく、純粋な偶然で蓮実と出会う、という方向で考えていたのですがうまくいかなくて、夏目夫妻の子どもにしてみたら落ち着きました。茉莉花の問題にもこれで決着をつけてあげられたかな、と思っています。「母と娘」というテーマは私の中にも根深くあったんだな、というのはこれを書いてみて初めて気付かされたことです。

 自分の書く話について、ハッピーエンドかそうでないか、ということはあまり意識しないんですが、この物語は私のなかでは絶対的にハッピーエンドです。
 蓮実と桃重が結ばれることだけをずっと考えて書いてきました。二十万字、原稿用紙五百枚ぶんかかってしまいましたが、二人をしあわせにしてあげられて本当によかったです。

*1 『ロータス』は平沢進のアルバム「SWITCHED-ON LOTUS」に収録されている「LOTUS」に強くインスパイアされた連作で、ついタイトルをお借りしてしまった。
*2 おそらくこちらの記事で見つけた。
*3 2012年時点の「去年」なので、2011年。
*4 2012年時点の「五年前」なので、2007年。なお神楽坂の「みゆき」の消息は不明だが、チュニックの製品は2020年現在も購入可能。

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