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バルコの航海日誌 Ⅱ◆銀沙の薔薇《3》

Ⅱ◆銀沙ぎんさの薔薇

《3.オアシス》


「今度の商談相手は物分かりがよかったな。砂漠の民は曲者くせものぞろいと聞いていたが」
「これで砂漠行きも三度目だからな。そろそろ信用されてもいいだろう」
天幕を辞した一行が会話を続けながら歩いていると、見渡す限りの砂丘のなかに、きらりと光る一角があった。

「おっ、泉だ」
上背のあるダッカがいち早く反応する。
「また逃げ水じゃないのか。こないだも当てが外れただろう。ただでさえ暑いんだし、無駄足は消耗のもとだぞ」
「いや、これは本物だ。ほら、あの光り方を見ろよ。バルコ、おまえも水を飲みたいだろう。ちょっと見てこい」
「なんで俺が」
「いいからいいから。喉が渇いてるんだろ」
バルコは溜め息をついた。
「ダッカは相変わらず強引だなんだよなあ」

一行が近づくにつれ、光は徐々に強さを増した。
これまで砂漠ではさんざん蜃気楼に翻弄されてきたが、今回は本物のようだ。やがて視線の先には、正午の真青な空を映す鏡のような小さな湖が出現していた。天幕を訪れたときに水場はなかったので、いわゆる彷徨さまようオアシスというやつだろう。

「ほら当たった。俺様の目に狂いはねえ」
ダッカが得意げに胸を張る。

「あれ、なんだろう」
バルコが声を上げた。指さした先にはひと群れの黒い物がうごめいている。一行は顔を見合わせた。
「山犬だな」
落ち着き払った声でマッテオが告げた。
「さっき商人が言ってたやつか。まずい、ひとまずここは退散だ」
大きな図体にも似合わず、ダッカは早くも逃げ腰だ。

「でもちょっと見て」
「なんだ、バルコ、水はもういいって」
「いや、そうじゃなくて」
もう一度バルコが指さした先を見ると、湖の中洲に何か白いものが横たわっている。

「あれ、女の子だ。ぐったりしてる」
「女の子だって?どれ」
ダッカは目を凝らした。
中州に突き出た岩には少女がうつぶせに身を投げかけていた。山犬の群れは水に入れず、岸から遠巻きにしているようだ。

「あ、ほんとうだ。バルコ、おまえそういうところは目ざといんだな」
顔をしかめたバルコが抗議するまでもなく、マッテオがぴしゃりと言った。
「それはおまえだろう。ダッカ。しかしこうなれば泉まで行くしかないな」
マッテオが宣言した。
ダッカは及び腰だ。
「マッテオ、本気か?あいつら、いっぱい居るぞ。俺は気が進まないぜ」「そうも行かないだろう。中州は山犬に囲まれているし、あのまま放っておいたらあの子は死んでしまうぞ。バルコ、いいから松明を出せ」

マッテオの声に応じて、バルコは荷物から松明を三人分取り出し、先端に油を掛けた。
「動物ってのは火に弱いからね。ほらダッカ、松明をしっかり握っててよ」
「バルコ、おまえガキのくせに詳しいな。」
「こんなのあたりまえだよ、あたりまえ。さあ」

バルコは火打石を打ち合わせ、各々の松明に火を点けた。炎が上がり、一気に顔が熱くなる。
「油も貴重品なんだがな…」
ダッカの小声をマッテオが耳ざとく聞きつけて制した。
「まだぶつぶつ言ってるのか。さあ、合図に合わせて一気に大声を出すぞ。けだもの相手には一に松明、二に大声。先手必勝だ。奴らの勢いに呑まれたら喰われるぞ」
「はいはい、分かりました」
「じゃ、行くぞ。そら」

三人は声を揃えて叫びながら、一気に砂丘を駆けくだった。

(続く)


【バルコの航海日誌】

■プロローグ:ルダドの波
https://note.com/asa0001/n/n15ad1dc6f46b

■真珠の島
【1】 https://note.com/asa0001/n/n4c9f53aeec25
【2】 https://note.com/asa0001/n/n57088a79ba66
【3】 https://note.com/asa0001/n/n89cc5ee7ba64
【4】 https://note.com/asa0001/n/n9a69538e3442
【5】 https://note.com/asa0001/n/n253c0330b123
【6】 https://note.com/asa0001/n/n734b91415288
【7】 https://note.com/asa0001/n/nfe035fc320cb
【8】 https://note.com/asa0001/n/n81f208f06e46
【9】 https://note.com/asa0001/n/n6f71e59a9855

■銀沙の薔薇
【1】水の輿 https://note.com/asa0001/n/nedac659fe190
【2】銀沙の薔薇 https://note.com/asa0001/n/n6a319a6567ea 
【3】オアシス https://note.com/asa0001/n/n3b222977da7a ☆この話
【4】異族 https://note.com/asa0001/n/n224a90ae0c28 
【5】銀の来歴 https://note.com/asa0001/n/n2a6fb07291ae 
【6】海へ https://note.com/asa0001/n/n1a026f8d4987 
【7】眠り https://note.com/asa0001/n/ne00f09acf1b7 
【8】目覚め https://note.com/asa0001/n/ncbb835a8bc34 
【9】海の時間 https://note.com/asa0001/n/nb186a196ed9d
【10】歌声 https://note.com/asa0001/n/ne9670d64e0fb 
【11】覚醒/感応 https://note.com/asa0001/n/n983c9b7293f2 
【12】帰還 https://note.com/asa0001/n/n53923c721e56 

■香料図書館
【1】図書館のある街 https://note.com/asa0001/n/na39ca72fe3ad
【2】第一の壜 https://note.com/asa0001/n/n146c5d37bc00
【3】第二、第三の壜 https://note.com/asa0001/n/na587d850c894
【4】第四の壜 https://note.com/asa0001/n/n0875c02285a6
【5】最後の壜 https://note.com/asa0001/n/n98c007303bdd
【6】翌日の図書館 https://note.com/asa0001/n/na6bef05c6392
【7】銀の匙 https://note.com/asa0001/n/n90272e9da841

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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