すれ違い
この時期はどこの百貨店もバレンタインフェアをやっている。上階の催事会場は女子で一杯だ。僕も紛れて行ってみた。
いっぱいのチョコレート。お店によっては売り切れのころもある。売り切れでも「お先に上がらせてもらいまぁす(ルンルン)」というわけにはいかないらしく、手持ち無沙汰な店員さんがいたりする。
「あぁ、どれもおいしそうだぁ」と思いながらも、どれひとつとして手にすることはなかった。見ているだけで満足してしまったのだ。
「もう帰るか」と最後のエリアをあとにしようとした瞬間、目に入ったのはワインの瓶。
「ん?確かにワインだったよね?」
見るとアイスワインだった。僕はこの半年くらいアイスワインを探していた。といっても真剣に探していたわけでもなく、見つけたら買おう程度に考えていたのだ。
「これはメープルワインといってメープルシロップ100%でできているんです。スモーキーな香りでとても希少なワインなんですよ」
そういわれたら買うしかないだろう。しかも最後の一本だという。これは運命の出会いだとしか思えない。
「どうもありがとう」
迷わず購入した。意気揚々。
もう疲れたし帰ろう。帰ってメープルワインで癒やされよう。そう思ってスイカを出そうと手荷物を漁っていたとき、
ガシャン!!!
嫌な音がした。荷物のひとつを落としてしまった。たったひとつ落とした荷物がメープルワインだった。液体が僕の足元に広がっていく。あぁ、僕のメープルワイン…
甘い香りがした。僕はこの甘さを自分の口の中で味わいたかった。僕の代わりに味わってくれたのはアスファルトだった。
運命の出会いなどではなかった。