MCバトルで陪審員になった話
MCバトルが好きだ。上手い事言いながら罵り合う人間を安全な位置から眺めるのは楽しい。MCバトルというものを完全な主観で説明すると「二人のラッパーが、ビートに乗り韻を踏みながらお互いの悪口を順番に言い合い、どっちがより上手い事言ったか、言葉選びが格好良かったか、バイブスがあったか、相手を言い負かせてたかなどの総合力+ラッパー自身のプロップスで戦い、基本観客判定で勝敗が決まる競技」みたいなもので、複雑なのがただ上手なだけで勝てるわけではなく、熱意があれば良いというわけでもなく、ラップスキルがあっても観客に伝わらない内容だったら意味なかったり、敢えて韻を踏まない場合もあったり、音源がダサかったら問答無用でそいつはダサかったり、理解させなくともとにかくこいつは何かヤベェ……と観客に思わせる事ができれば無名ラッパーにも勝機が生まれるという、セルフプロデュース能力が大きく問われる点が面白かった。もう何年も経ってしまったし、秘密保持契約も結んでいないので書いてしまうが、数年前の年末、大きいMCバトルの全国大会があった。その大会は一般の客の歓声1ポイント+無作為に選ばれた十数名の陪審員による多数決1ポイントで勝敗が決まるもので、陪審員はスタッフからランダムに声をかけられるらしかった。せっかくの大きい大会、どうせなら陪審員をしたいと思い、色々策を講じる事にした。
まずは「入場順が早い事」。観客は1000人規模なのでスタッフもなるべく早めに陪審員を選んでしまいたいはず。私は数ヶ月前に行われた東京予選の会場で本戦チケットを先行購入していたのでこれは問題はなかった。実際必要な人数を確保した後に、一回戦〜、ベスト8〜のように担当する試合を分けるのに結構時間がかかったことから、やはり早めの整理番号でないと選ばれるのは難しかっただろう。次に「最前狙い感を出さない事」。先行チケットを持つ人は基本的に前列なり見やすい位置でバトルを観たい人が大半だと思うが、入場してから小走りでフロアに向かうような感じではなく、スタッフが声をかけやすいように場所取り気にしてませんという感じで歩いた。早歩きヘッズにガンガン抜かされたけど大事の前の小事。そして「特定のラッパーのファンっぽくない事」。私の推しラッパーはこの大会に出ていないのでそもそもの問題はなかったのだが、ゴリゴリのB-GIRLファッションじゃない女性=顔面が良かったりキャラが立ってたり若いラッパーのファンだろという偏見はきっとあるし、どうみてもこいつ◯◯のファンだろ!みたいな陪審員は後々荒れる元なのでスタッフ側も避けるはずだと思い、ラッパー御用達ブランドのシンプルなパーカーを着てるのにHIPHOP好きには見えなさそうな堅めの職業の社会人の雰囲気を出して絶妙なバランス感を目指した。これも、選ばれた中にあからさまなアーティストTシャツを着ている人はいなかったと記憶している。そして「二人組である事」。これはたまたま一人じゃなかっただけなのだが、ソロのガチ勢よりも二人組のガチ勢の方がライトに声をかけやすいんじゃないかという単純な理由だった。ちょうど今、裁判科学をテーマにした海外ドラマを観ているが、裁判に勝つためにどういうタイプの陪審員を選べば良いか、人を印象や肩書きから想定するシーンが毎回出て来て、実生活で役に立つかはともかく、勉強になるなあと思っていたのだが、知らず知らずのうちに私はスタッフに求められそうな「一人のラッパーに肩入れしなさそうで公平な判断ができそうな陪審員」を演じていたのだ。と思った。運営もそんな細かく考えて声をかけたわけではなかったと思うが、実際私と友人は見事陪審員に声を掛けられたので、私の思惑はそれなりに当たっていた事になる。
何十人か陪審員が集まった後、希望する試合分担でさらに分けられた。堅めの社会人顔で「決勝の陪審がしたいので、それ以外は興味ありません」を貫き、晴れて私と友人はベスト8〜決勝までの陪審員となった。
陪審員は11人だったか13人の奇数、先攻後攻良かった方の色のボールをスタッフに渡すシステムで必ず勝敗が付くようになっている。私は減点方式でバトルを観るタイプで、フロウ重視なわけでもないくせに巻き舌で何言ってるかわからない/ユーモアのない安易な草ネタに逃げがち/ディスが幼稚なくせにバカにしたみたいな声色で態度が気に入らない/他のラッパーと差し変わっても気付かないしオリジナリティのかけらも感じられない/登場からすでに敗者のオーラが滲み出ていて貧乏臭い/など、独自項目で公平に減点して行き、上手い事言ったら加点するというルールに基づいて判定していたが、誰に入れたかという話ではないので、バトルの内容には触れない。しかし、これは差がありすぎる…という試合は陪審の判定もどちらか一色で、甲乙つけがたいな…という試合は票も拮抗していたような覚えがある。意外とみんな冷静。自分の入れてない方が多数の場合が何回かあって、正直お前ら何聞いてるんだサクラかよとその度に思ったが、試合が延長になって逆転したり、ラッパーがベスト4くらいに絞られて行き、結果的に票がまとまって行く様子は、今となると、スタンドアローンコンプレックスを体現していたなと思える。
この大会以降も、色々な団体がやっているMCバトルの大会に足を運んだ。オラオラ系だと思っていたノーマークのラッパーがユーモアもあってバトルの運び方も上手く思わず引き込まれてしまったこともあったし、推しラッパーを応援しに実家のある県で行われた地方予選に行って若干引かれたり(優勝した)、逆に初戦で敗退してしまいお前らサクラかよと憤りながら決勝を待たずして帰宅することもあった。総じてバトルの大会は衛生意識が低そうな血気盛んな若者が大多数なので次に行ける機会はいつになるかわからない。HIPHOP界隈では、バトルなりライブなり現場に来ないやつはニワカみたいな風潮があるが、確かに、転載動画ばかり見てたなら 出会う機会も失せるぜというものだろう。早く合法的に罵倒し争う人間を見たい。