『Lost Memory 3022』
第四話:「アダムの子供たち #1」
鏡の中の黒い騎士が消えてから数日が経った。あなたの住む世界は今日も忙しなく、いつもと変わらぬ日常が流れていた。嘘か真か分からぬニュースにあなたの愛想は尽きていた。虚構を重ねたSNSに踊らされるのにももう飽きた。皆が夢中な芸能人やスポーツ、政治政党宗教などは、とっくの昔に気付いて冷めた。それでもなお現実世界は薄いヴェールで覆われていて、再びあなたの瞳を、心を曇らせ始めていた。
「あの黒い騎士は夢だったのでは?」
「とてもリアルな白昼夢?」
「”常識的”に考えてあり得ないでしょ……… 」
虚無の日常が退屈に流れゆき、あなたの心を蝕み、再び常識に犯されかけた時、それは起きた。また起きた。あなたの脳裏には一瞬で、疑りかけたあの日の記憶が蘇り、思わず口から漏れていた。
「やっぱりマジだったんだ………」
「… … … 聞こえ… … … 」
「私の… … …ますか?… … … 」
「… … … こちら… … … 聞こえるでしょうか?… … … 」
2度目となる異世界からの鏡越しのアクセス。虚無の平和に蝕まれそうだったあなたはすぐに頭を切り替え、大きな鏡の前に立ち受け答えの準備をした。前回の反省を活かし、スケッチブックとマジックで自分の意思を筆談で伝えようと用意していた。ただ、そこに現れたのは漆黒の鎧に身を包んだ"13"以外の誰かだった。
「聞こえるでしょうか?対の世界の住人よ。」
前回と同様のアクセスで、巨大な鏡が中心から螺旋状に歪み、鏡の向こう側の対の世界から声が届いた。今回のアクセスは前回よりもスムーズで、鏡の向こう側が迅速かつ鮮明に映し出された。そこに映るは意外な事に、まだ幼さが残る女性……というか女の子。しかし、その瞳は"13"と同じく、全てを透徹に見据える、達観した彫刻のような眼差し。
あなたは用意しておいたスケッチブックに”聞こえます!”と殴り書き、鏡の向こうの彼女に素早く見せた。すると彼女はあなたに向けて右手をかざし、静かに目を閉じた。1分もしないうち、ゆっくりと目を開け言いました。
「大丈夫です。私との意思疎通にスケッチブックはいりません。」
あなたがスケッチブックを持ちながら不思議そうな顔をしていると、あどけなさの残るその容姿とは裏腹に、理路整然と説明を始めた。
「順に説明いたします。まずは挨拶から。初めまして、私はキャバリエ・キャンプのNo.3という者です。団長が繋いだ鏡の道に、別の場所からアクセスしています。この鏡の道は、あなたの世界と繋がった瞬間、我々の団のメンバー全員が気付き、各々の場所から繋ぐ手筈になっていました。一人のアクセスがダウンしても、すぐに別のメンバーへ切り替わり、伝えるべきことを最後まで伝えられるよう団長が考案された最後の手段です。」
あなたは言われた事を忘れ、再びスケッチブックに応答を書こうとした。「"前回の会話から数日が経過している"と。しかし間髪入れずに"3"の言葉が飛んできた。
「ですから書かなくても大丈夫です。順に説明するとも申し上げました。まずは腰を下ろしてください。」
明らかに年下の"3"にたしなめられ、バツが悪そうにしながら床に腰を下ろすあなた。スケッチブックもマジックも、自分の後にそっと隠した。
「では、改めて始めます。先にあなたの疑問を払拭しておきましょうか。まず、団長のアクセスがダウンしてからすぐに私に繋がりましたが、どうやらこちら側とそちら側では時間が捻れているようで、そのため、どうしても時間のズレが生じるようです。そしてもう一つ。なぜ筆談が不必要かというと、団長も申し上げていたと思いますが、キャバリエ・キャンプは魔女の集まりです。ゆえに私も魔法を行使できます。私の魔法を端的に言ったなら波を扱う能力です。頭の思考も、心の感情も、そのどちらも”波”ですから、読み取ることは造作ありません。本来は古き書物や石板、遺跡や巨像などに込められた、とても微弱な作者の秘せられた想いを読み取るために行使していた能力です。」
あなたは心の中で”なるほど〜”と呟いた。
「ご理解して頂けたようで何より。ですから、前回のあなたと団長のやりとりも語らなくとも大丈夫です。記憶も波の一種ですから読み取りました。」
まるで会話をしているかのようにスムーズな返答が返ってきた。どうやら本当にこちらの心が読めるようだ。あなたの心には驚きと共にキャバリエ・キャンプへの好奇心が大いに湧いていた。
「分かりました。では先に我々のキャンプについて少しだけお話ししましょう。まず、入団が決まると団員は能力により2種類ある黒い鎧のどちらかが与えられます。戦う能力に秀でた者は"峻厳の鎧"、知識に秀でた者は"慈愛の鎧"。団に誓いを立てた後、必ずどちらかの鎧を渡されます。そして各々の能力に合った任務が振り分けられ、団長から銀貨を渡され旅に出ます。メンバー同士が会うことは殆どありません。会うことがあるとすれば、それは大きな運命の輪を回すとき。」
あなたは"3"がどちらの鎧を渡されたのかを知りたくなった。と同時に返答が返ってくる。
「私の鎧ですか?」
"3"の早すぎるレスポンスに戸惑うあなた。考えただけで返答が返ってくる”会話”にはまだ慣れそうもない。
「私は”慈愛の鎧”を渡され、智慧の探究・保護が主な任務でした。私の能力はご説明した通りですから戦いには不向きです。しかし、鏡の道のアクセスのような知的な魔法は得意で、団長よりもスムーズに行えます。」
この時、あなたの心はなぜか急に悲しい気持ちに包まれた。
「……… ですから、最後の審判が近づくと、戦う術のない私は真っ先に、最も堅牢で最も闇深い場所である”黒壇の石の部屋”へ逃げることを命じられました。お陰でこの通り生き残ることはできましたが、他のメンバーの所在や生存はわかりません。鏡の道が生じたことで、団長の生存を認識したくらいですから。それまではずっと一人で、やるべきことを成すため、この時を待っていました。」
"3"の悲しき心の波が、鏡越しのあなたの心にも届いた気がした。また同時に「メンバーはもう何人残っているかすらも分からない」との"13"の言葉も記憶から蘇った。すると、無意識に涙が流れ頬をつたった。自分の頬を撫で確認すると、確かに涙が流れていた。
さっきから何かおかしい。自分の感情とは関係なくもう一つの感情が心にあるような不思議な感覚。あなたは混乱しそうになっていた。
「申し訳ありません。」急に"3"が謝る。「久しぶりに他者の波を読んだため入出力が安定せず、私の感情の波があなたへ逆流してしまいました。」
無理もない。仲間の生存すら分からないという過酷な世界。ましてやあの若さ。"3"の気持ちは察するに余りあった。あなたは涙を拭いながら身振り手振りで”大丈夫、気にしないで”と笑顔で伝えた。すると"3"は「ありがとう」と告げ、少しだけ微笑んだあと話を続けた。
「では前回の団長の話の続きをしましょう。失われた記憶を本当に失わないために。私が話すべきことは決まっています。アクセスの順番が団長の次に私へ繋がったのにもきっと意味がある。必要なものは必要なとき必要な人へ。」
"3"は深く深呼吸し悲しき運命の語りを始めた。
「私があなたに話すべきことは、私が生きた時代の話。最後の審判に向けアダムが世界の仕上げに入った時代。アダムは己の目的を達成するべく、人間を創造し始めました。人工子宮で人間を生産し、アダムに忠実な人間を教育し、世界を管理させました。中でも優秀な3つの個体は”アダムの子供たち”と呼ばれ、三つに分けられた世界を一つづつ支配統治する……… 予定でした。団長がぶち壊すまでは。」
"3"の眼に力が入る。
「よろしいですか。私があなたにお伝えするのは、この"アダムの子供たち"を通して見える3000年前後の時代の話。私が生まれ育った時代の話です。団長もお伝えしましたが、もう一度お伝えします。我々の世界はあなたの世界と似て非なる対の世界。我々の世界と同じ結末をたどらぬように、しっかりと記憶して下さい。」
第五話:「アダムの子供たち #2」へつづく…