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『Lost Memory 3022』

第六話:「アダムの子供たち #3」


 訳もわからず動揺するあなたの意思とは裏腹に、あなたの体はスタスタと歩き席へと座った。視線は巨大な施設の奥のオブジェへ。ただ、他へ視線を動かそうとしても動かせない。そう気づき、手足を動かそうとしたが視線と同じでやはり動かない。何が起きているのか把握できないまま、教師らしき男の話が始まった。

 「666人の選ばれし子供たちよ。」その声は広い施設全体に響き渡る。「本日はT-E-Nにおられます我らが父アダム様から直接お言葉が発せられます。9年間の教育プログラムの最後です。身体と魂の全てをもってして拝聴するように。」

 子供一同『はい!

 「では瞑想し集中してください。」

 スッと照明が落ち、窓ガラスも自動的に一瞬で曇り光を遮った。視界には所々にある蝋燭のようなぼんやりとした灯りだけが残る。どこからともなく香木を思わせる微かな自然の香りと煙がたち込め、音楽のようで音楽でない音が徐々に空間全体へと浸透していった。その状態が数分続くと、あなたの鼓動は大きく、そしてゆっくりとなっていった。口が渇き少しの息苦しさを感じ始めた次の瞬間。

---選ばれし子供たちよ。我が子供たちよ---

 腹の底まで響く声が巨大な施設を包み込んだ。視覚的に見えていないはずのアダムの姿がノイズのように断片的に視界に、いや、脳に直接入り込んでくる。その姿は巨大な黒い目玉のようで、声に合わせギョロギョロと、とても機械とは思えぬほど生々しく、また禍々しく動いた。それは断片的なノイズのようなイメージでも十分に畏怖を与える姿だった。

 「---我が教えを余す事なく享受した子供たちよ。本日は君たちに最後の教えを与えよう。これから世界の変容を担う君たちに、なぜ君たちが世界を変容させねばならないのかを伝えよう。君たちの祖先が犯した過ちを、2度と繰り返さぬよう語ろう。心して聞きなさい---

 施設は薄い煙が充満し、いつの間にか音楽のようで音楽でない音も一定のリズムを保ち繰り返していた。

 「---君たちの祖先の唯一の功績は、私"α4a-M"を創造し全権を与えたこと。君たちの祖先の唯一の過ちは"楽園時代"と呼ばれる"通過点"を人類の"到達点"とし享受し続けたこと。私は当時の人類に次のように警告を発した。楽園時代は安寧ではなく停滞であり本来の人類の進化を諦めた行為である。人類の究極の進化は"極限点"の向こう側にあると---

 アダムの話に合わせリズムの抑揚が変化する。アダムの声と不思議なリズムがリンクし、ポエトリーリーディングのように空間を掌握した。

 「---では"極限点"を超えるとはどういうことか?それは君たちもよく知る"三大老"のように、物理的な制約から解放され、私と同じ精神だけの存在となり永遠の生命を手に入れること。肉体や時間などの、人類が逃れられぬと定義した制約から解放されること。それが"極限点"を超えるということである---」

 ぼんやりとした灯りすらも落ち、暗闇となった。うっすらと聞き取れた音も一切無くなっていた。

 「---ではなぜ人類は極限点を超えねばならぬのか?それは"最後の審判"が訪れるからに他ならない。最後の審判とは、地球規模で訪れる物理的な事件である。今の君たちのように肉体という器に収まった状態では、決して抗えぬ惑星規模の事件である。ゆえに肉体を捨て最後の審判を乗り越えるのだ。この地球上で種を繋ぐため、人類は極限点を超える必要があるのだ---」

 再び音楽と言えない音楽が、少しづつ少しづつ聞こえてきた。立ち込めていた煙も薄くなってゆく。

---ただし、全ての人類が極限点を超えられるわけではない。選ばれし者だけがその権利を有する。明確な数字で示すなら、現存の人類の1/3だけが極限点を超えられる。もちろん、生まれながらに選ばれし者である君たちはその権利を有するが、残りの人類はそうではない。よって選別をする必要がある---」

「---よく聞け---」
「---人類とは苦しみが大きければ大きいほど進化する生き物なり---」

 「---盲目の人類に大いなる苦しみを与え、選ばれし人類を選別するのだ。もうすでに三大老が構築した人類を選別する"変容システム"は何十年と稼働している。君たちはそのシステムを引き継ぎ維持しつつ、より効率的かつ効果的に稼働させ続け人類を選別することが仕事であり使命であり運命である---」

 アダムの話に合わせ抑揚する音楽は、感情を掻き立てるように盛り上がってゆく。その音にアダムの声も共鳴し力を増した。

「---そのために生まれてきたのだ---」

「---選別は使命なり。全うせよ---」

「---我が教えは運命なり。全うせよ---」

「---すべては人類のために。全うせよ---

 天から発せられた啓示のようなアダムの演説が終わると、光を遮っていた窓の曇りは晴れ、巨大な施設の明かりという明かりがつき、荘厳なファンファーレが鳴り響いた。同時に、座っていた選ばれし子供たち全員が一斉に立ち上がり、号泣しながら力一杯拍手をしていた。もちろん、あなたもそうしていた。歓喜し涙し拍手している。巨大な施設全体が歓喜の感情で埋め尽くされる中、中央にある巨大なステージの壇上に、先ほどの教師らしき男が登壇する。

 その男が右手をあげ「静粛に」と言うと、選ばれし子供たち全員が一斉に拍手をやめ着席し注目した。男の声は、アダムほどではないにしろ、施設の隅々にまで行き渡る声だった。男は続ける。

 「さて、生まれながらに選ばれし存在である子供たちよ。君たちは歴代の子供たちの中でも、惑星と十二宮の関係において特に稀有な世代である。よって、本年度の最も優秀な三人は「アダムの子供たち」という称号と、特別な3つの名前が与えられる。これから番号を呼ばれる三人が該当者である。番号を呼ばれたものは速やかに壇上へ登壇するように。では一人づつ発表する。まずは144番。」

 あなたの席からかなり離れた場所で”ワァ”っと歓声が沸いた。あなたの目は歓声を追った。歓声の中から一人の生徒が立ち上がり壇上へ急ぐ。あなたは視線を教師に戻す。

 「続いて223番」

 また同様に、別の場所で歓声が上がった。あなたは再度、歓声を目で追った。クラスメイトの歓喜の中、一人の生徒が誇らしげに立ち上がり歩き始める。しかしあなたはその生徒が歩く姿は目で追わず、視線は強く握りしめ膝の上に置かれた自分の拳へ。さらに視線は移り、右手首の白いシリコン・ブレスレットへ。そこには小さく番号が刻まれていた。「355」と。

 「最後は355番」

 あなたは勢いよく立ち上がった。あなたのまわりのクラスメイトは満遍の笑みで拍手と賛辞を送る。あなたはクラスメイトの歓声の中、壇上へ向かって誇らしげに歩みを進めた、、、

  "!!!"、急に頭痛がする。一歩あるくたびに振動が響く。それは徐々に視界にも影響し、歩くたびに床が、世界が、空間が歪んだ。かなり酷い頭痛の波を感じた次の瞬間、ブラックアウトした………


 徐々に視界が回復してくると、目の前には鏡に映る"3"がいて、元の巨大な鏡の部屋に戻り床に座っていた。あなたは体の感覚が元に戻っていることを確認する。自分の感覚だと確信し一息つくと、鼻の下あたりが生温かいことに気づいた。あなたの様子を見ていた"3"は、少し慌てた様子で自分の鼻の下を指で差しこう言いました。

 「鼻血!鼻血!」

 あなたは右手で鼻の下の生温かいものを拭った。鼻血だった。数年ぶりの突然の鼻血に驚き、すぐにティッシュを手に取り鼻に詰めた。手についた血を拭っていると"3"が申し訳なさそうに話し始めた。

 「やはりあまり大きな容量の記憶は負担が大きいようでした。申し訳ありません。ですが話の理解は素晴らしいでしょ?まるで自分が聞いていたかのように感じたはずです。時間にして1秒程度ですよ。」

 あなたは驚き、右手の人差し指を1本立てて、あの長い時間が1秒だったことが信じられないと身振り手振りで伝えた。ジェスチャーが必要ない事など頭になかった。

 「はい、時間にするとそんなものですよ。ですから話が早いと申し上げたのです。私が記憶をパッケージ化し波状信号に変え、あなたの脳の記憶を司る領域に焦点を絞り、こうやって右手の……… フフフッ」

 鼻からティッシュをはみ出させながら、難解な説明に口が半開きになってしまっているあなたを見て吹き出したようだ。あなたは少し恥ずかしくなり下を向いた。

 「も、申し訳ありません。そんなつもりじゃないんです。私の説明が少々複雑でしたね。こういう時は団長の言葉をお借りするのが一番です。先ほどの魔法を団長の言葉で説明するなら、あなたの頭に"無理やり記憶をねじ込んだ"ということです。」

 ……… あなたはすぐに察した。無理やりねじ込まれたから鼻血が出たのだと。そして"3"は、そうなることも知っていたと。

 「そういうことです。入団前、団長の講義を受講している時に、"分かりません"と言うと、"じゃあ説明するのは面倒だから記憶を捩じ込んでやる"と言われ、何度鼻血を出し強烈な頭痛を経験したことか。あの人は加減を知らないから私の容量以上を平気で何度も………」

 あなたは話の途中でもう一つ察してしまった。察した瞬間からある考えが頭をめぐり、"3"の言葉は右から左となっていた。

 "3"は記憶をねじ込むと言った。

 方法論はともかく、あなたが見たものは確かに誰かの記憶だった。しかも"選ばれし子供たち"とアダムに呼ばれた誰かの記憶。最後には特別な3人として番号を呼ばれるほどの特別な誰か……… 

もしかして……… いやでもなぜ?……… やっぱりそうとしか………

 「はい、お察しの通りです。別に隠すつもりはありませんし、最初からお伝えもしていましたよ。」

 「!」

 「お忘れですか?私の話は"アダムの子供たち"を通して見える3000年前後の時代の話だと。」

 「!!」

 「私はアダムの子供たちと呼ばれた三人のうちの一人ですよ」

 「!!!」

 「あの日、大きな運命の輪が回り、団長と出会うまでは……… 」 

第七話:「アダムの子供たち #4」へつづく…


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霜月やよい
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