合理的じゃないことの方が価値がある場合もあるのではないか?

ほぼ毎日、表参道にあるドトールで【本日のコーヒー】を買ってから出勤をしています。
行く時間もほぼほぼ決まっており、大体お店の前に着くと2,3人、多い時は5,6人のお客さんが並んでいます。
現金を使って支払いをしているのは、ごく僅か。もし仮にいたとしても、もう注文をする前から小銭を握りしめていて、明らかに【常連】という人しかいない感じです。
で、支払い方法を見ていると、suicaと同じくらい多いのが、ドトールの【バリューカード】でした。
僕は、あんまりポイントに関心がない人間ですが
どうせ毎日買っているなら、チャージをする度にチャージ額の10%ポイントが付与されるのは、お得かも。くらいに思ってはいました。

先週のことです。
凄く感じの良い美人な店員さんの笑顔と
「毎日、お買い上げいただいているので、こちらの方がお得です。いかがですか?」
というリコメンドで受けてしまい、2000円チャージして、買ってしまいました。
クレジットカードとの紐づけもできるということでしたし。
購入後、早速パソコンでクレジットカードの紐付けを行ったところ、
なんと!このバリューカードはオートチャージができませんでした。
「おい、まじかよ!?このご時世でオートチャージできないカードなんかありえるのか?」
その場で、
「こんな不便なカードは使えない。最初にチャージした2000円が終わったらやめよう!」
と強く決心していました。
ちょっと調べたところ、スターバックスのカードはオートチャージが出来るようですね。

そして昨日のこと。
残りの残高が100円程度だったので、もうこれでおしまい!と思っていた時です。
またまた、笑顔の素敵な女性が(前回とは違う)
「残り120円ですけれども、チャージをしなくて良いですか?今こちらでできますよ」
想定外に!店員さんの方からアプローチが!
「あっ、そうですか..やりますか」
と言って、財布を取り出し、持っていた1000円札3枚渡していました。
「ちょっと待ってくれ!もうこのカード辞める!って決意していたんじゃなかったのか!?」
って決めていたのに…
なんだよ、これ…
って一人でツッコミをしていました。
3000円入金後、やっぱり笑顔で店員さんが、
「いつもありがとうございます!」
なんだか気分が良かったですねぇ笑

で、ちょっと考えてみました。
オートチャージを当たり前にしたのは、suica
オートチャージが普及する以前のsuicaは、
「チャージしてください!」とか「そろそろ残高いくらです」
なんてアナウンスをしてくれることはなかったですよね。むしろ、残高不足だとブブブって。改札ゲートが封鎖されるだけ。
当時は、入金する手段は、券売機=機械のみ。
人のぬくもりゼロ。
そこにコミュニケーションはないんですよ。
だから、自分の中では、【効率性】ばかり追求して、便利なオートチャージが当たり前になっていました。この女性とのコミュニケーションをするまでは。
それと比較すると、完全に対極にある、人を通した、現金チャージ。
しかし、僕の心の満足度は圧倒的に高かったんです。
なんか、【効率重視、なんでもボタン一つでワンクリックが当たり前】
になりつつあるこの時代に、非効率的な部分を人が行う。
【人の温もり】が入ることによって、「ロイヤリティーが高まる」可能性がもしかしたらあるじゃないか!?
そんなことをふと思いました。もちろん、僕だけでもしれませんが笑

【ストーリーとしての競争戦略】の中で、楠木先生は
「一見して不合理を突き詰めていくと合理になる」
ということを書いていました。
部分では最適ではないんだけれども、全体で見たらそれが最適になっている。逆にいうと、その【部分不合理】があるからこそ、模倣困難性を生む。別にそれがこのドトールのバリューカードにあるとも思えませんけれども、そのことを思い出しました。
部分不合理を人の力を使って作ることに可能性があるのではないか?
そんなことを考え続けて行きます。
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 中田雅之

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