3つの味よ #2

「アルノおはよう!見て見て〜」
「おはよう〜。え!何これ!かわいい」
ある日の朝、瑛紗は自作したポスターをアルノに見せた。
「何でも部のポスターか〜。『困りごと相談ごと募集中!』か…いいね!これ、私たちの顔になってるんだ…瑛紗はほんと絵上手いね」
「えへへ。さっき姫奈にも褒めてもらった」
「この絵でさ、私が3人で一番上だから、私が部長ってことだよね?ね?」
「う〜ん。ケルベロスの顔は正三角形に描きたかったから、どうしても誰か一人を上に描かなきゃいけなくて。まぁ、まだ決まってはないけど、アルノがリーダー面してるから」
「リーダー面って何、づらって!まぁ、いいや。クオリティ高いね」
「昨日の夜、ずっと描いてたんだ〜。部が認められたら、すぐさま学校中の掲示板に張ろうと思って。これが原本で、もうコピーもしてある」
「気が早くない?」
「校舎の1階から3階まで各階に掲示板が5箇所ずつ、あと昇降口前と体育館通路で全部で17箇所あるから、17枚。いま私の机の上に…あれ!?」
「どうしたの?」
「ない…なくなってる!私がコピーしたポスターが!」
「ちょっと、あんたたち!」
「これは何!?」
「「え?」」
瑛紗とアルノの元にやってきたのは、生徒会の和と咲月。和の手には…
「これ!このポスター!絵はかわいいけど」
「認められてない部の張り紙を勝手にしていいわけないでしょ!」
「そう!認められてからならいいけど」
「和はちょいちょい甘いよ!そもそも、何でも部って何?そんな部が認められるとでも思ってんの?」
「あちゃー…」
「ねぇ〜!ポスター全部張ってきたよ!1…5だっけ、17だっけ。とにかく全部。あ、アルノおはよう。あれ?どうしたの?げ、生徒会じゃん!」
「…今すぐ!全部!剥がしてきて!!」


「これで全部だね」
「ごめん、先走っちゃって」
「いいよ。姫奈の気持ちはわかる。瑛紗の描いたポスター、かわいいもん」
「先走ったのはコピーしてた私もだし。生徒会の心証悪くしたのはマイナスだったな…」
「でも、おかしいよ!他の部は部員募集とか張り紙できるじゃん。うちらは認められてないから張り紙できない、だから実績ができない、それで部が作れない。矛盾してない?」
「たしか掲示板のこととかも、生徒会が変わった時に校則をしっかり決めたんだと思う。先生の許可が必要とかあったはず」
「ん〜…この前のいろはの件から、噂が広まるってことは、あんまりなさそうなんだよね…」
「ティッシュ配りでもする?また瑛紗に絵描いてもらってさ」
「ティッシュって誰が用意するの?」
「その前に、勝手にそんなことしたらまた生徒会に怒られるよ。もうそれは避けたい」
「あ…そのポスター、剥がしちゃったの?」
「「「え?」」」
最後のポスターを剥がし終えた3人に話しかけてきたのは、2年2組の川﨑桜だった。
「うん…まだ部活として認められてないからね」
「そっか…かわいい絵だな〜って思ってたから。瑛紗が描いたんでしょ?私の好きな絵なの」
「ありがと」
「私もたまに絵を描くんだ。そのポスターみたいな感じの絵は描けないんだけど、自己流っていうの?パパとママにはいつも『上手だね〜』って言われてるの。でも、美術の授業だと、先生には…」
「ねぇ…自分語り始めちゃったよ。もう行こうよ」
「そうだね。かなりマイペースだし」
「うん。桜、それじゃあね」
「あ…うん。そっか、部として認められてないってことは、相談ごとは聞いてもらえないんだ」
「「何??聞くよ!!」」
「…2人とも前のめりなんだから」
ちょうど1時限目のチャイムが鳴った。3人は次の休み時間に1組に来てと桜に伝えて、それぞれ教室に向かった。


「ポスター、張ったの一瞬だけだったけど、効果あったね」
「私が高速で校内の掲示板回ったおかげでしょ?」
「それで、桜の相談ごとって何?」
「なんか、私の下校する途中の道に、幽霊が出るって噂になってるところがあって、怖いの…」
「幽霊?」
「そう。顔が白くて、髪が長くて、足がなくて、ふわふわ揺れながら浮いてるらしいんだ〜」
「桜はその幽霊、見たことないの?」
「うん、ない。でも噂になってて怖いんだよね〜。何とかならない?」
「そっか…考えてみるね」

桜が自分の教室に戻った後。
「幽霊なんて、ただの噂でしょ?そのうち消えると思うけど、噂の元を辿って、その根源を突き止めてみればいいんじゃないかな。そうすれば、私たちの手で噂を消せるかも」
「その現場、見に行ってみようよ!ほんとに出るかもじゃん。幽霊見てみたい!会ったら話せるかな?別の場所に行ってくださいってお願いしてみようよ〜」
現実的な瑛紗、エンジョイする姿勢の姫奈に、悩むアルノ。
「ん〜…」
「どうするの」
「決めてよ」
「じゃあ…どっちも!」


「幽霊の噂?うん、聞いたことある」
「そうそう、私たちも帰り道だよね?あそこ」
「その噂、誰から聞いた?」
「ん〜…誰からやったかな。みんな噂してるからなぁ〜。奈央は覚えてる?」
「覚えてない…でも、幽霊が現れても、私が茉央のこと守るからね」
「ありがとう、奈央…」
「茉央…」
「別の人に聞こう…」「うん」「そうだね…」


その後、根源を突き止めることはできず、噂になっている道に来た3人。夜7時過ぎ。
「結局、現地調査か…」
「瑛紗、怖いの?」
「別に。幽霊なんているわけないじゃん」
「怖いなら帰ってもいいよ」
「怖くないって言ってんの」
「そこにヘビいるよ」
「きゃあ!!」
「うそ〜」
「幽霊関係ないじゃん!」
「ビビりすぎ〜。ほんとは幽霊も怖いんでしょ」
「2人ともうるさいって。あ、誰か来る!隠れて!」

「あれは…」
目のすぐ近くでスマホを使って顔が白く照らされ、画面に集中しているせいで左右にフラフラと歩き、黒い靴と靴下で足元が闇に溶け込んでいる…桜だった。
「幽霊の正体見たり、川﨑桜」
「桜なんじゃん。言いにいこうよ」
「いや、ちょっと待って」
「何?」
「この事実をそのまま伝えたら、桜がショック受けちゃうと思う」
「またそれか…」
「アルノの気遣い。でも、直接言わないでどうするの?」
「うぅ〜ん…」


翌日。
「アルノ!」
「あ、桜…」
「幽霊の噂、何かわかった?」
「え…ううん。もうちょっと待って」
「うん。調べてくれてるんだね。ありがとう」
「いやいや、それが何でも部だから。まだ認定はされてないんだけどね」
「早く認定されてほしい!」
「そう?ありがとう」
「またあのポスター見たいし!」
「そこなんだ…」

「桜にまだ言ってないの?」
「もう、私が言ってくるよ」
「待って!まだ何か…解決策があるはず」
「ないよ」
「ないない。直接言う以外」
「なんか…桜って、マイペースだけどさ、すごく純粋な目で見てくるんだよ。最初に『ポスター、剥がしちゃったの?』って言ってきた時から。だからさ…」
「気持ちはわかるけど」
「たしかに、悪い子ではないし」
「さっきもさ、まっすぐな目で『またあのポスター見たい』って…ん?」
「何?」
「どうしたの?」
「あ、ポスター…?」
「もしかして」
「またアルノが何か」
「そうだよ!瑛紗のポスターだよ!瑛紗、またポスターを作ってくれない?」
「「え?」」
「いいけど…どんな?」

その日の放課後。
「アルノ!」
「あ…和。どうしたの?」
「あのさ…」
「うん」
「そういえば、最近あんまり遊んでないよね。私たち」
「そうだね…1年の時は同じクラスだったし、よく喋ったり遊んだりしてたよね。でも、和は今、生徒会も部活もあって忙しいし。仕方ないよ」
「アルノは…なんであの2人と仲良くしてるの?同じクラスとか部活のことだけじゃなくて」
「そうだな…なんか気が許せて楽っていうか、ついつい授業中もうるさくして先生に怒られてばっかなんだけどさ。和とも気が合うって思ってるけど、また違う感じで一緒にいて楽しいからかな」
「そっか…。アルノって、吹奏楽部がダメだった後に、合唱部に入るって言ってたじゃん。なんで入ってないの?」
「合唱部も…少しだけ入ってたけど、先生に言われたんだ。あなたは歌い方が違いますねって。周りの部員からもね。それでなんか浮いちゃって…辞めたの」
「そんな…アルノは他の人より歌が上手すぎるんだよ。周りを…なんとかアルノのレベルまで上げさせるか、それかアルノが周りに合わせたりとかさ。私は、アルノに歌ってほしい。合唱部に入りなよ」
「ありがとう。でも、いいんだ。私は今やってるのが楽しいから。大丈夫、そのうち和と咲月のことを納得させるような部にするから。待っててね」
「うん…」


翌日の朝。
「ちょっと!またあんたたちでしょ!」
咲月がポスターを手に、アルノたち3人の元へやってきた。
「ちょっとちょっと、勝手に剥がさないでよ〜」
「勝手に張ったのはそっちでしょ?」
「生活指導の先生に許可は取りましたけど?」
「風紀委員にもね」
「はぁ?そんなことが…!」
咲月の後ろから、和が入ってくる。
「咲月、私もさっき先生から聞いた。戻してきて」
「和…くっ!」
アルノが瑛紗に作るよう頼んだポスターは、『やめよう!歩きスマホ』というもの。今朝のうちに校内中の掲示板に張ったのだった。

「桜は瑛紗のポスターの絵を気に入ってたから絶対見るし、やめようって書いてあれば意識してやめてくれるかなって思って。桜が歩きスマホをやめれば、自然と幽霊の噂はなくなるでしょ」
「あれから1週間、ほんとに噂はなくなったみたいだね」
「効果てきめん!またまた何でも部の大勝利〜」
「あ、何でも部!」
「桜じゃん。私たちのこと、そう呼んでくれるの嬉しい」
「幽霊の噂、なくなったね!ありがとう!すごいね。早く認められるといいね」
「ありがとう。今回の件、申請書に書いてもいい?もしかしたら、これで認めてもらえるかも」
「もちろん!そういえば…瑛紗はなんで美術部に入ってないの?」
「私?」
「こんなに絵が上手いのに」
「実はね、小さい時に、絵のコンクールで優秀賞を取ったんだけど、その時の最優秀賞の人の絵がすごすぎて…同じ題材とは思えないくらいで。それ以来、絵は好きだけど、大会とか賞とか、競うのが嫌になっちゃって、だから美術部には入らないんだ」
「そっか!瑛紗の絵は、競う気持ちじゃなくて自由に描いているから、あんなにかわいくて素敵なんだね!」
「ねぇ、アルノ。私らが前に聞いたのは、顧問の先生と気が合わなかったからだったよね?」「まぁ、桜に気を遣って、心にもないこと言ったんでしょ」

「実際に校内でも歩きスマホは減ったって聞いてる。中西の発想、池田の絵、岡本のスピードが上手く合ったな。また頑張れよ」
「え?サインくれないんですか?」
「校内の風紀向上に貢献してるんですよ?良くない噂を消して、歩きスマホの事故防止にもなって。なんでですか?」
「わかりました…実績を上げるために、活動を続けます」

「アルノ、なんで簡単に引き下がったの?」
「そうだよ、先生はゴリ押せばいけるかもじゃん」
「ん〜なんとなく…あの先生、私たちを試してるというか…」
「試してる?」
「遊んでるというか…」
「何それ、全然わかんないよ」
「とにかく、まだ簡単には認めてくれなさそうな気がしてさ。あのポスター、宣伝ではないけど、何でも部が作って張ったのは少しずつ知られてくと思うの。少しは困りごとの相談も増えるかもしれないから、また頑張ろうよ」
「まぁ、そうだね」
「うん。リーダー面のアルノがそう言うなら〜」
「づらって言うな!」

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