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「最後の願い」

訪問看護師として働き始めて1年目のとき
癌の末期のKさんを受け持ちました。

Kさんは80才くらいの女性で
息子夫婦と3人暮らし。

出来る治療はすべて終え
残された時間を家で過ごしたいと

本人と家族の希望で退院されました。


息子さんは出張が多く
ほとんど家にはおらず

Kさんの介護は
すべてお嫁さんが
一人でやっていました。



Kさんはもう寝たきりで
自分で動くことは出来ませんでした。

頸部リンパ節に転移した大きな癌は
Kさんの呼吸を圧迫しており

Kさんは喉に穴を開ける
気管切開という処置を受けていたので
声を出すことはできません。

でも、意識ははっきりしていて
なんとか筆談でコミュニケーションを
とることが出来ていました。

食事は水分を少しなめる程度
24時間の点滴
尿道カテーテル留置
頻繁の痰の吸引
酸素投与
褥瘡の処置
そして、麻薬での痛みのコントロール。

尿量がすでに減っていたので
全身の浮腫が酷く、
体の向きを変えることさえ
かなりの重労働でした。


熱心に介護をするお嫁さんは
とても優しい方で

1日に何度も何度も

「痛い」
「苦しい」
「さみしい」……

そう訴えるKさんを
励まし、支えていました。

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日に日に状態が悪くなるKさん。

本人の不安も
お嫁さんの不安も大きくなっていました。

もし病院に入院していたら
モニターを付け、
個室管理となるほどの
重症患者です。


私は、
お嫁さんが最後まで
看取れるのだろうか、と心配でした。



頸部の膨らんだ癌は
今にも破裂しそうな状態

いつ、大出血するか分かりません。

お嫁さんが寝ている間に
いつのまにか息が止まることも
あるかもしれません。

休まらない精神状態で
お嫁さんが疲れているのがわかりました。


果たして

「家で死ぬこと」が

本人と家族にとって
一番良いことなんだろうか?

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いつでもお医者さんや看護師が
すぐに駆けつけてくれる。
病院にはそんな安心感もある。

そんな安心感の中で
残された時間をゆっくり過ごすことも
ひとつの形なんじゃないだろうか。


そんな葛藤の毎日。



「お義母さんが家で死にたいと言った
けれど、本当にこれでいいんだろうか……」

お嫁さんにも迷いがありました。



そんな時、先輩が私に言いました。

「あのお嫁さんは、どっちにしても
後悔するんじゃない?」



その言葉にハッと気づきました。


いくら考えても答えなんて出ない。
だって、
自分のことじゃないから。

本当の気持ちは、
本人にしか分からない。

こうした方がお義母さんはいいかもしれない、
これは嫌かもしれない……
どんなにどんなに考えても
それはまわりが想像した「意見」でしかない。


私は、お嫁さんに言いました。


「どこで死にたいか、もう一度、
ちゃんとお義母さんに聞きましょう」


なんて冷たいことを言う看護師だと
非難されるかもしれません。

でも、今ならまだ、Kさんは
自分の思いを伝えられる。

意識がなくなってしまったら
もう二度と、

Kさんの本当の気持ちは聞けない。

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お嫁さんは
お義母さんに、聞きました。


「お義母さん、どうしたい?」


このまま最後まで家にいたい?
それとも、入院したほうがいい?


Kさんは、はっきり答えました。
声は出ませんが、口を動かして。

「い・え・に・い・る」



迷いがなくなった私たちとお嫁さんは
出来ることをしようねと
協力し合い

Kさんは大出血することも
ひどく苦しむこともなく

最後に大好きなアイスクリームを
数口食べて

その夜、
静かに、息をひきとられました。



翌日、
Kさんにお別れを言いに訪問すると

Kさんは
とても綺麗で
穏やかな顔をしていました。


「あのとき、お義母さんに聞いてよかった。
本当にありがとう、ありがとう……」


お嫁さんは涙を浮かべながら
でも、とても清々しい笑顔で
私に言いました。

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死を目前にした患者さまに対し
私たちは、どうしても
「それ」に触れないように

当たり障りのない会話をしたりして
避けてしまいがちだけれど

でも、本当は避けてはいけない……
私はそう思うんです。


告知しないことを希望する方もいますが
気持ちは、いつだって
移り変わっていく。

それが自然。


だから最後まで
自分の気持ちが言えなくなる前に

どれだけその方の思いを
「出させてあげられるか」

それがとても大切だなって思います。


命は一度きりだから
全力で生きて欲しい!!!

読んでくださってありがとう‼️

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アルなか🎵「心のとびら」
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