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【感想】『自治とバケツと、さいかちの実』─エピソードでたぐる追廻住宅─

展覧会『自治とバケツと、さいかちの実』─エピソードでたぐる追廻住宅─

2023年、仙台市川内追廻地区が青葉山公園になりました。 この場所にかつてあった追廻住宅。 その77年にわたる歴史や暮らしを振り返る展覧会を開催します。 構成・制作に、地域の人々の営みを調べ表現するアーティスト、佐々瞬、伊達伸明を迎え、 自らの手でつくりだしてきた生活のありようと街の姿について、個々の目線から街の点描を試みます。

■日時:2023年11月3日(金・祝)~12月24日(日)10:30~18:30(入場は18:00まで)
※11月30日(木)は休館
■会場 :せんだいメディアテーク6階ギャラリー4200
■入場料:高校生以下無料、一般500円(大学生・専門学校生含む)、仙台市内在住の65歳以上の方や障害者手帳等をお持ちの方は半額

■主催:せんだいメディアテーク(公益財団法人 仙台市市民文化事業団)
■協力:新田住宅親和会、青葉山公園・仙臺緑彩館(青葉山エリアマネジメント)、仙台市民図書館
■助成:一般財団法人 地域創造
■後援:NHK仙台放送局、tbc東北放送、仙台放送、ミヤギテレビ、khb 東日本放送、河北新報社、朝日新聞仙台総局、読売新聞東北総局、毎日新聞仙台支局、産経新聞仙台支局、日本経済新聞社仙台支局、仙台リビング新聞社、せんだいタウン情報S-style、エフエム仙台、ラジオ3FM76.2MHz

引用:https://www.smt.jp/projects/oimawashi/

展覧会『自治とバケツと、さいかちの実』─エピソードでたぐる追廻住宅─では、まちづくり、コミュニティ形成の価値が見直されつつある「現在」、追廻地区にあった暮らしをエピソードで辿っていく展覧会(展覧会ステートメント参考)。これは行政やメディアではなく、現代美術でこそ成せる・示せる特有のテーマだと考える。

追廻が持っていた顔の輪郭

今回は、追廻という場所がかつて持っていた顔の輪郭をなぞるような感触があった。

佐々瞬氏の言葉を借りるとするならば行政と住民との間で起こった「ボタンの掛け違い」、その中で実在した営みと自治の軌跡、行政・メディアの動向、そして住民の声。

参考:https://sendai-c3.jp/article/interview/shun-sasa-1/

「独自の廃品回収が休日にあってちょっとめんどくさかったな」「歩いてると、近所の人があ~寄ってきな、と声をかけてくれるような感じ」などなど……会場のあちこちに当時の暮らし・営みを感じるエピソードが詰まっていた。タイトルもある「さいかちの実」は洗濯に使っていたとか。

以前せんだいメディアテークで開催されていた開館20周年展『ナラティブの修復』(2021)で佐々瞬氏が発表した《追廻の暮らし》は今回と同様追廻地区に関する内容で、追廻地区に残った最後の1軒を模した小屋をベースに展開されていた。外壁にはインタビュー映像や地区のお祭りで使われていた団扇等が、小屋の中では武者や軍人が最後の1軒を片付けていく……そんな映像が流れていた(※小屋という表現が適切かどうかは分からない、インスタレーションと呼ぶべきなのだろうか)。

また、伊達伸明氏は同展覧会にて《建築物ウクレレ化保存計画(2000〜2021)》、並びに《時空対談 ふたりの「N明」》を展示。前者は取り壊された建築物から材を切り出してウクレレにするといったプロジェクトだが、決してサイクルアップ的な意味合いではない。ウクレレは建物から再構成された楽器は使われていた家や施設のかたちや手触り、においの記憶を呼び覚ます依代・語り部的な役目を果たす。

参考:https://bijutsutecho.com/magazine/insight/25335

2023年7月、追廻地区の跡地にはビジターセンター「青葉山公園【仙台緑彩館】」ができた。つまり、先述の『ナラティブの修復』から約2年が経過し、状況も変化した。今回の展覧会を観終えた直後は「ああいう映像作品の公開はないんだなあ」と安易なことを感じてしまったのだが、よくよく考えるとそれが当たり前だった(これは純粋に佐々瞬氏の作品を追うようになった自分の感情的な気持ちだろうなと思う)。

そして、ここで伊達氏がこれまで取り組んできたプロジェクトの意向とその丁寧さを改めて辿っていく。先述の《建築物ウクレレ化保存計画(2000〜2021)》のプロセスは無くなった建物とその使い手に敬意を示し、そのアウトプットとして目に見えるモノに記憶を憑依させる。依代を手に取った時にまた新しい記憶が層になっていく(これもちょっと表現に自信が無いのだけれど)。そこになぞらえれば、2023年11月時点で開催された意義や浮かんでくるものが自然と見えてくる気がする。

「ボタンの掛け違い」含む一連の歴史年表からはインフラ問題などショッキングな経緯も読み取れる。しかし今となってはそれらは事実の羅列であり、本展覧会ではストレートな批判で対立構造を作るわけでもなく、レトロな思い出写真館でもなかった。今回開催されている展覧会の空間そのものが「たしかにそこにあった、消えたまち」の輪郭をなぞり、新しい記憶・ポイントが生まれる場所となっていたのだということを備忘録として残しておきたい。

参考:https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/79/

余談

別ベクトルの話題として展覧会のマスメディア露出のあり方についても考えさせられた。仲間から「TVニュースでこの展覧会は三丁目の夕日的写真展のように紹介されていた」と聞いて、二人して「ちゃうねんな」と頭をもたげた。こういった現代美術での試みは積み重ねや余白を丁寧に読むことで浮かんでくるため、端的な報道の限界点のようなものを感じる。終わり。

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