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駄菓子屋のばあさん

ぼくが生まれる前からこの町にある駄菓子屋のばあさんは、ぼくが小さい時には既にばあさんだった。
女の人にこういうこと言うのは失礼かもしれないけど。

ばあさんはいつもニコニコしていて、
「あーい、あーい。」しか言わなかった。
少なくともぼくはそれしか聞いたことがない。

お菓子を持ってばあさんに渡すと「あーい。」

いくらか言わないんだ。

だけどぼくらはそんなばあさんが好きだったから
ちゃんと棚に書いてある金額を渡した。

でもお釣りの計算ができなかったのかな。
いつもお釣りを間違えるんだ。
30円の物を買うのに100円を渡すと130円戻ってきたり。

さっきも言ったけど、ぼくらはばあさんのことがとても好きだったから、「これ、違うよ。」
ってちゃんと言ったよ。

するとばあさんは「あーい。」って。

面白いでしょ。

毎日、毎日。

学校帰りにその駄菓子屋へ行った。

ばあさんはいつもニコニコ。

ぼくの本当のじいちゃんばあちゃんは僕が生まれる前に死んじゃったから、駄菓子屋のばあさんがぼくのばあちゃんのように思ってたんだ。

「あーい。」

ぼくらが何を言っても

「あーい。」


だけど、ある時からばあさんは「あーい。」も言えなくなっちゃったんだ。

それからしばらくして、駄菓子屋は閉まったきりになった。

ぼくはとても、とても気になったから、隣りの蕎麦屋のおじさんに聞いたんだ。
ばあさんはどうしたの?って。

「みさえさんは亡くなったんだよ。」

ふーん。みさえさんて名前だったんだ。

聞いたときはそれしか思わなかった。

だけど、家に帰ってから、寂しいような、悲しいようなよく分からないけど、そんな気持ちになったんだ。
涙が出るほどではなかったけれど。

それでも、また「あーい。」が聞きたかったな。

そんなふうに思った。

次の日、みんなでお小遣いを出しあって、お店の前に花を飾ったんだ。

ばあさんに似合いそうな花を。




あれから20年以上経った今、僕は娘を連れて帰省していた。

「美希、そんなに走ったら危ないよ。」

僕がそう言うと、娘の美希が走るのをやめた。

そこはみさえばあさんがやっていた駄菓子屋の前。

中を覗き込んでいる美希に追いついて、僕も一緒に覗き込んだ。

みさえばあさん。

瞬間、僕はそう思った。
美希と手を繋いで店の中に入り、
「こんにちは。」とみさえばあさんに声をかけた。

「あーい。」

僕は何も言わずに駄菓子を手に取ると支払いを済ませて、店を出た。


何も知らない美希は駄菓子をおいしそうに食べている。
僕はなんだかとても心が柔らかくなった。


実家に着いて母親に聞いてみると、
さっきの駄菓子屋にいた人はみさえさんの娘さんらしい。
似ているはずだ。

それを聞いた僕は、懐かしいような、嬉しいような
そんな気持ちになったんだ。

駄菓子屋のばあさんはやっぱり今でもばあさんだった。