![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/51164431/rectangle_large_type_2_8b055ba05fb65efe19b713c70a392bb0.jpg?width=1200)
記憶の珍味 諏訪綾子展
「食べる行為、あじわう体験」をつくりだすフードアーティスト・諏訪綾子の個展「記憶の珍味 諏訪綾子展」が銀座の資生堂ギャラリーで開催されている。
本展は、まずにおいを嗅ぎ食べてみたいと思った「珍味」を別室であじわうというインスタレーションである。薄暗く無機質な白い空間の中央に食器をしつらえた丸いテーブル、それを囲むように8本の円柱が等間隔に立つ。上に乗るオブジェには透明な容器がかぶせられ、参加者はその容器を手に取ってにおいを嗅ぐ。希望すれば別室に案内され、そのなかから「珍味」をひとつあじわうことができる。
見たことない形のオブジェとにおいは記憶をたどっても何とも想像がつかず不安すらおぼえる。頭のなかで何かに例えてみるもののしっくりこない。「これ食べられるのかな?」。感じたのは未知のものに対する不安だ。
ただやはり食べてみたいという好奇心に駆られる。「これなら食べてみたい」と感じたひとつを選んで行列にならぶ。ひとりずつ別室に案内され大きなヘッドフォンを装着して暗幕の先のまっ暗な部屋に進む。ピンスポットが当たるそこに毒々しい黄色い「珍味」が置かれている。「あじわうかどうかあなた次第」と諏訪の声がヘッドフォンから流れる。「たぶん食べられるだろう」。好奇心から手を伸ばし「珍味」を口に運ぶ。グレープフルーツにトウガラシの刺激!「なんだこれは!?」。
自らの咀嚼音しか聞こえない暗闇で全神経を集中してあじわう間、味覚と嗅覚だけが自分の感覚になる。われわれはふだん視覚や聴覚に頼った生活をおくっている。未知のもののにおいを嗅いであじわうことなどまずない。スーパーなどで売られている食品に原材料が明記されているように、文明はそのような未知を既知に変えながら不安を解消してきた。しかしここで思考や論理を超え、参加者はあじわうことで感覚を研ぎすませ自らの記憶の海に潜る。
眠ってしまったわれわれの身体感覚を呼びもどすのは「食べてみたい」という原初的な好奇心。そう感じさせる個展であった。
渡抜貴史