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アートは万国共通ではない!?アートセラピストが持つべき異文化理解への姿勢

言葉の代わりにアートを使うアートセラピー。

それは相談者とセラピストが同じ言語話者でないと通用しない言葉のセラピーよりも、異文化への受容度が高いと言われています。しかし、本当にそうなのか。

アートセラピーを含む心理学は、ヨーロッパの西洋文化圏から発展した学問です。そのため、多くの心理理論は西洋の個人主義の影響を大きく受けており、精神的問題やその解決策も、西洋文化が良し悪しと考える概念を基準に構築されています。

この文化価値観は、実は、西洋圏でない文化(実は西洋以外ほとんどの文化)が持つ文化価値観とは相反する点がとても多いのです。そして、それが原因で、間違った見解を与えられて診断を下されてしまう相談者も。そのため、現代の心理学では、心理アセスメントを始め西洋文化・社会を基準に作られた指針に疑問の声が上がっており、それと同時に、どうしたら他文化出身者の文化を尊重した治療が出来るのか、異文化心理研究者たちを中心に研究・模索がされています。

この記事では、異文化出身者へのアートセラピー治療に際し、セラピストはどのような点を心掛ける事が出来るのか、現在までに研究されている異文化理解の内容と、異文化理解に重きを置くアートセラピー治療方針の考え方を紹介したいと思います。

まずは自身が持つ「文化への偏見」に向き合う事が第一条件

文化への偏見(=カルチュラル・バイアス / Cultural biases)とは、歴史背景を無視し、サポートシステムや社会的システムの問題を考慮せず、自分の文化価値を元にした考え方で相手の行動を普通かそうでないか捉えたり一方的に相手を判断したりすることを指します。

これは、ある一定の文化の中で生活をしたことのある者ならば誰もが持つ視点であり、異文化理解能力を深めるためにはまず一番最初に対峙しなければならない課題であります。

文化の違いを無視することの危険性

文化への偏見や自己に備わる異文化に対して持つ先入観は、自分と違う文化や民族背景出身者の状況や機能を判断する際に大きな影響力を持ちます。そしてその考え方を理解せずにいると、相談者を不適切に治療してしまう危険性を孕んでいるのです。

カウンセリングにおいて治療者(セラピストやカウンセラー)が相談者と違う文化・民族背景出身者だった時の影響力を測った昔の実験では、同文化出身者が治療者であった場合と異文化出身者が治療者の場合では、相談者に対して抱く印象に大きな違いがあったという統計があります。そのため、自分の偏見に気づき、相談者の置かれている状況を本当に理解するための多角的な視点が不可欠となります。

また、社会的少数派(マイノリティ)に属す移民の相談者に対しては、彼らの持つ文化アイデンティティを理解すること、そして、彼らの文化変容レベル:文化変容を説明した記事を読むを知る事がとても重要になります。

例えば、文化変容レベルが統合・同化ステージにいる個人はマジョリティ文化の提案するアート介入に対する順応率が高く、分離・疎外ステージの個人は、自文化に寄り添ったアート表現を用いた介入の方が反応率が良いと言われています。

異文化変容は、移住先に於ける自分の存在価値感、自己のアイデンティティや精神的健康に深く関わっています。そのため、移住者へのアートセラピーには文化変容を考慮する必要があります。

アートは万国共通ではない理由

イメージや色など視覚情報を受けた時に連想する内容や意味合いは、実は自分の育ってきた文化背景の影響をとても大きく受けています。例えば、西洋では「純粋」のような意味合いがある白色が、インドの一部の地域では、「死」を意味する場合もあります。

このように、文化によって視覚情報の解釈が変わってしまうことは多々あるため、アートを『普遍的な構築価値観を持つもの』と捉えることはできません。

アートセラピー内の異文化間のやり取りに普遍的構築の価値観を作るにはどうすればいいのか。そこには次元的アイデンティティ(Dimensional identity)という概念が出てきます。

次元的アイデンティティは、概念的な同価値観(Conceptual equivalence)機能上の同価値観(Functional equivalence)によって成り立ちます。

概念的な同価値観:文化を跨いだとしても同じ事柄に関して同じ『意味』が受け取られること(テーマ選びに、人間の生活に普遍的に存在することを選ぶなど。例:過去現在未来、体の痛み、家族、生や死、旅、家etc.)
機能上の同価値観:活動をすることによって得られる『目的』が同じ価値観で受け取られること(例えば、絵を描かせるお題の時に、絵を描く目的が絵の出来栄えを評価するためではないことをきちんと説明する)

この2点を兼ね備えている事が、異文化の要素が含まれるアートセラピーに必要とされる考え方です。異文化理解に配慮されていないアートセラピーでは、この概念的な同価値観と機能上の同価値観が満たされていない場合が多いのです。

異文化理解の視点を持つセラピストとは?

異文化理解の研究者達は、多文化理解能力を培うために3つの重要な要素があると提案しています:気づき(awareness)、知識(knowledge)、スキル(skill)

気づき:自身の文化背景やそれによりどのような考え方、信念、態度が形成されているのかを理解すること。アートセラピストの場合、色や形、シンボル、ラインなどを見た時に、それらを自分の固定概念で見て判断していないか注意すること。
知識:文化の違い、そこから生じる障壁、偏見、または相談者の文化背景が受けてきた抑圧や差別の歴史などに対する知識を広げておくこと。アートセラピストの場合、相談者の文化背景で好まれるイメージや形を事前に調べて知っておくことも必要かもしれません。
スキル:相談者の文化背景を考慮したアート介入を提案できるような能力を持つこと。そこには、どのようなアート介入が相談者の文化背景によっては向き不向きがあるのか知っておくことも含まれます。

異文化を跨いでアートを解釈することの難しさと面白さ

上記に説明したように、一方的に相談者の制作したアートを治療者(アートセラピスト)が解釈してしまうことは独自の偏見になります。そのため、アートセラピストに求められているのは、相談者の文化背景を知ること、そして相談者の説明を聞き彼らのストーリーから解釈を理解しようとする姿勢を持つことです。

前後解釈テクニック(Forward-backword interpretation technique)と呼ばれる技法は、自分の解釈したものを、複数の相談者と同じ文化背景のセラピスト達に聞いてもらい彼らの解釈を教えてもらうという方法で、相談者の文化背景をより理解する際に使えるテクニックです。

また、アートセラピーでは、制作過程やその時の経験、相談者に取手の個人的な意味合いに注目しながら、彼らの創り出すシンボルやイメージを相談者と一緒に一歩ずつ読み解いていくことで、正確な解釈を探る事も可能です。

どちらにしても、相談者の視点や価値観を自分の文化価値観や考え方に影響されずに理解する姿勢が大切です。

さいごに

この記事では、異文化出身者とのアートセラピーにおいての注意点を説明しました。しかし、たとえ同文化出身者同士でも、世代の違いや育った環境の違いによって、自分の価値観が相手とは異なっていることは案外多いのではないかと感じます。

アートは万国共通という考え方は、至極短絡的であること、そしてそれがなかなか理解されずに使用される現状がまだまだあるということ、アートセラピストをはじめ我々人の心の治療に携わる従事者達は常に心に止めておかないといけないと感じます。

長くなりましたが、お読み頂きありがとうございました。

参考文献:
Acton, D. (2001). The “color blind” therapist. Art Therapy: Journal of the American Art Therapy Association, 18(2), 109-112.

Hocoy. D. (2002). Cross-cultural Issues in Art Therapy. Art Therapy: Journal of the American Art Therapy Association, 19(4), 141-145.


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